「唯、そうじゃない」
 「はい」
 「だから違う。こうだ」
 「はい」
 「何回やったらわかるんだ」
 伊藤監督の厳しい指導が続く。
 「季里也、そこは感情を入れ込む」
 「はい」
 「水月、そのままの姿勢で」
 「は……い」
 連日連夜厳しいレッスンが続く。
 必死についていく唯、季里也、水月の三人。
 「今日は、ここまで」
 と伊藤監督が言うと稽古場を出て行った。

 途端に床に座り込む三人、
 「あ~、しんどい……俺疲れた……」
 「今日は、特に難しかったよね」
 水月が唯の顔を見て言った。
 「そうだね……」黙り込む唯。
 落ち込んだ様子の唯、無言で稽古場を出て行った。
 「唯ちゃん、大丈夫かな?」心配する水月。
 「ああ、ここ数日ずっと伊藤監督から怒られっぱなしだもんな……」
 季里也も心配した表情を浮かべた。
 「やっぱり、恋愛感情を表す演技っていうの? いわゆるラブシーン的な演技は難しいよね。
感情を操作しなきゃならないし」水月が呟いた。
 「そうだよな~」
 「はっ? 水月、何言ってるの?」
慌てる季里也、すると何かをひらめいたように水月が、
 「そうだ! 季里也、あんた唯ちゃんの練習台になりなさいよ」
 「え? 俺、練習台?」
 「そう、三人みんなで、一緒の作品に出るのが
夢じゃない。だから……ね、協力して!」
 と水月が季里也の肩を叩いた。
 「仕方ないな。じゃあ、明日でも唯ちゃんに言って
みるよ」季里也が言った。

 「え? 今、なんて……」と聞き返す唯。
 「えっとぉ、だからその……俺が練習台になってもいいよって話……」
 「季里也君が私の練習台に?」と驚く唯。
 「まぁ、芝居する上でも必要な演技だし、唯ちゃん
このところその演技で壁にぶち当たって
いるでしょ? 監督からもずっと怒られてるし……」
 「でも……それは……」と躊躇する唯。
 「別に深い意味はないから相手が必要ならいつでも
言って……」
 「季里也君ありがとう」

 ここは、Mエンターテイメント本社社長室、雅社長に
伊藤監督から連絡が入る。
 「どう? うちの唯は頑張ってる?」雅が聞いた。
 「ああ、頑張ってるぞ。だが今は、壁にぶちあたってる」
 「まぁ、それはそれは……で、どんな壁?」
 「ほとんどの演技は上達してるんだけど、どうしても出来ないというか嘘くさく見えるというか……」
 「恋愛関連かしら?」
 「ビンゴ! 彼女は年齢が大人の女性だからさ、
十代のアイドルみたいな若さ弾ける
ピチピチ感ではなく落ち着いたしっとり系の演技も出来るようになってほしいんだよ。
 だから、今スパルタで叩き込んでるんだけど、どうもうまくいかない。
 瞳……瞳の奥まで恋してないというか、そういう風に見えてしまうんだ。
 何も伝わってこないんだよ……」と溜息をつく伊藤。
 「そう、何とかその壁、乗り越えてほしいわね。
 唯にも伊藤監督にも……」
 「ああ、ありがとう 今度俺の撮影現場にでも同行させようと思うんだ……」
 と伊藤が言った。