数ケ月前に遡る……。
「唯~、おねがいがある~一生のお願い」
 電話でガラガラ声の親友の千春が言った。
 上村唯 二十四歳、職業は家事代行サービスという自宅を訪問して家事全般を行う。
 そう、唯は『キヌコさん』の本名である。

「千春? 何その声……大丈夫? 熱あるでしょ?」と唯が彼女に聞いた。
「うん、熱もあるし、鼻水もね~。病院に行ったら風邪だって」苦しそうな親友に、
「お願いって何? なんか買ってこようか? あっ、何か作ろうか? お粥とか……」
「ちがうの。お願いっていうのは…… 
□△〇の××□〇に……お願い……」
 と言うと千春からの電話がプツンと切れた。

「もしもし千春? もしもし? 電話切れた」
心配になった唯は慌てて千春のアパートに向かった。
千春の部屋の玄関のドアを開けた唯、
「千春? 大丈夫?」
部屋の奥からゴホゴホゴホと咳き込む音が聞こえて来た。

「千春……大丈夫?」と部屋にあがった唯が声をかけると千春が呟いた。
「唯~お願いがあるの」
「何? 何でも言っていいよ」
「……に行ってほしいの」
「え? 何?」
「『RAIN』のライブに私の代わりに行ってきて
ほしいの……」
「ライブ? 何で?」と唯が千春に聞いた。
 ガラガラ声の千春、
「『RAIN』は最近大きな会場でしかライブをやらない。
 今回、ライブハウスで特別にイベントを開催するの。
 それも、一日限定で……」と呟く彼女。
 
 『RAIN』とは今、人気急上昇中のダンス&ボーカル
ユニット、ボーイズグループ。
「でも、私その『RAIN』のこと良く知らないし」
 と唯が言った。
 千春は両手でガシッと唯の腕を掴むと、
「席が……最前列のど真ん中が当たったの。
 だから、私の代わりに私の『推し達』を
拝んで来てほしいの。そして……」
「そして?」
「ライブハウス限定のグッズを購入してきてほしい。
 私の代わりに……
唯……お願い……」と涙目で訴える千春。
 数分間考え込んだ唯であったが、
「わかったよ。代わりに行ってくるから千春は
安静に寝てなよ」
 と言うと唯は千春よりライブチケットを受け取った。

 次の日、唯はとあるライブハウスの前に立っていた。