悠の作ったオムライスを食べ終えた二人。
 唯は珈琲をカップに注ぐと悠の前に置いた。
 「あの……今日、悠さんを待ってる間に、悠さんの作品を観させていただきました」
 唯の表情を見た悠はテーブルの上に両手で
頬杖を突くと、
 「そう。で、どうだった?」
 「凄く良かったです。そして、カッコよかったです」
 「おっ! 模範解答ありがとう」悠が笑いながら答える。
 しかし、唯は……
 「そして、本当に沢山、沢山、努力されてるんだなって、ファンの子に喜んでもらえるようにいつも、
笑顔で、自分自身と戦ってるんだなって。
 私にはそういうふうに悠さんの姿が映りました」
 唯の言葉を聞いた悠は少し黙り込んだ後、
 「何……急に改まってさ、驚くでしょ……
でも、ありがとうね」と微笑んだ。
 「あ……あの、そう言えば昨日の夜なんですけど」と唯が言った。
 「昨日の夜? どうしたの?」
 「はい、昨日の夜ここを出た後に街中で声をかけられて
こういうものを渡されたんです」と言うと唯は手帳から
昨夜渡された名刺を悠に見せた。
 名刺を見た悠、
 「これって……」
 驚いた表情に変わると唯の顔を見つめた。
 テーブルの上に置かれた一枚の名刺を見ながら悠が唯に聞いた。
 「株式会社 M(エンターテイメント)社長の雅鈴子……俺らの業界では超有名な人でさ。
 で、何て声かけられたの?」
 「事務所に入らないかって……」
 「それで? その他には何か言われた?」
 「一度遊びがてら、見学に来いって」
 「で、キヌコさんはどうするの?」
 「こういう場合、どうしたらいいのかと思って、悠さんにご相談をと……」
 「正直、俺、多分キヌコさんより物凄く驚いていると思うんだけど。
 だって、Mエンターテイメントは大手のプロダクションでその社長の雅鈴子から直々に
街中でスカウトされるなんて俺らの世界じゃ絶対にあり得ないこと」
 と語気を上げる悠。
 「そう……なんですね。でも、私どうしたら」と不安そうな唯。

 「とにかく、一回見学に行ったらどう? 俺らの世界を
覗くのもいいかもよ」
 「軽い気持ちで見てくればいいんですかね?」と唯が言った。
 唯の言葉を聞いた悠が急に真顔になると、
 「あのね、キヌコさん……軽い気持ちじゃなくて礼儀とていうか、だって考えてみてよ、
この世界を目指している人は何万といるんだよ。
 オーディション受けまくって、最終選考まで残れるのはほんの一握り。
 それから、努力して努力してデビュー出来るのも
ごくわずか。
 デビュー出来ないヤツだって大勢いる。才能があっても拾い上げてもらわないとこの世界じゃスタートラインに
すら立てないんだよ。
 だから、その……キヌコさんは、そのチャンスがいきなり舞い込んで来たんだと思う。
 それに……」悠が口をつぐんだ。
 
 「それに何ですか?」と唯が聞き返した。
 「それに、雅社長が街中で突然直々に声をかけてくるってことは、キヌコさんに何かを
感じたからだと思うんだ。だから……」
 黙り込んでしまった唯。
 「その……キヌコさん、ごめんね。俺、つい俺らの世界の常識をいきなりキヌコさんに
ぶつけて説教みたいな口調にになってごめん。
 大体、俺等とキヌコさんの世界は全然違うのに押し付けたみたいで……」と頭を下げる悠。

 唯は静かに椅子から立ち上がると、
 「悠さん、こちらこそ、急にこんな話してすみません。私、わからなくてつい、
簡単に悠さんに軽い気持ちなんて言葉を使ってしまって……
悠さんの言葉から芸能の世界の厳しさが物凄く伝わってきました。
 悠さんに相談してよかったです。ありがとうございました。
 今日は、もう帰ります。次の訪問は年明けの第一月曜日からですね。
来年も宜しくお願いします。東田様、良いお年を……」
 と言うと荷物を持ち唯は玄関から出て行った。