お互い無言のまま、六十分のプレイ時間はあっという間に過ぎてしまう。

 こいつを指名する事は、金輪際二度とないだろう。



 店内の受付に戻ると、先ほどの従業員とすれ違う。

 客を女のところへ案内している途中だった。



 待合室には客が五名ほど待っている。

 僕は従業員がまだ戻らないのを確認すると、待っている客の一人に小声で囁いた。



「ねえ、ここのエイコって子、病気持っているから気をつけな……」

「えっ、マジすか?」



 濃紺の野球帽をかぶった今風の客は、僕の台詞に驚きを隠せない様子だ。

 僕は気にせず店をあとにした。





 風俗店パラダイス・チャッチャを出て、駅前に向かう。

 もうここへ来る事はないだろう。



 あの驚いた客の表情。

 思い出すだけで顔がニヤけてくる。

 僕の破壊工作の腕前は、まだまだ健在だ。



 静香の存在を知ってしまった今、金で買える女じゃ代用品にすらならない。

 彼女をどうしても抱いてみたい。



 そんな欲望が僕の中でどんどん大きくなっていくのを感じる。



 色々な策を考えねば……。





 四十歳でオタクにしか見えないデブの僕じゃ、到底あの静香の旦那にはかなわない。



 まずは隣近所付き合いを前提に、少しでも仲良くならないといけない。



 静香が僕の事を信頼してくれて、ちょとした悩み事を相談してくるようになれば、付け入る隙はどこかにあるはずだ。





 洋菓子屋に入り、ガラスのショーウインドーを見る。



 彼女の好みが分からないので、並んでいるケーキを一種類ずつ購入する事にした。

 十五種類もあれば、静香も満足してくれるであろう。



「四千七百九十円になります」



 僕は財布から金を取り出して払うと、高校生らしき店員は笑顔でお礼を言ってくる。

 どうせこの女も商売上の作り笑顔なだけで、心の底から応対してくれている訳ではない。

 まあ、この女の価値は単純に若いってだけだろう。



 洋菓子屋を出て、自分のアパートへ向かう。



 まだ静香は公園で子供と遊んでいるのだろうか。

 部屋を出てから一時間半が過ぎようとしていた。

 いるかどうか微妙な時間だ。





 スーパーを通り過ぎ、まもなく公園に差し掛かる。

 何組かの親子が見えたが、そこに静香の姿は見当たらなかった。





 まあ部屋は隣同士なのだから、直接持っていけばいいか……。







「かーめださん……」



 突然、後ろから声を掛けられる。

 聞き覚えのある甘く舌足らずな声……。



 振り向くと、静香が子供と立っていた。

 左手で子供の手を繋ぎ、右手にスーパーのビニール袋を持っている。

 どうやら買い物の帰りらしい。







「あ、ど、ども……」



「お買い物の帰りですか?」





「え、い、いや……」



 僕はどもりながら、洋菓子の入った包みを前に差し出す。

 不思議そうに首を傾げる静香の表情が、たまらなく可愛く見える。







「こ、これ…。昨日、差し入れもらったので、お返しにと思って……」



「え、そんなワザワザ気を使わなくても…。かえって気を遣わせてしまい、どうも本当にすみません。ありがとうございます」



 ちょっと困惑した表情と笑顔が半々の静香。

 申し訳なさそうにケーキを受け取る。



 隆志とかいうガキが上目遣いに僕を見ていた。

 まるで虫を観察しているような目つきだ。



「ほら、隆志。隣の亀田さんがケーキ買ってきたのよ。お礼を言って」



 静香の後ろに隠れる隆志。

 幼いながらも僕を敵と認識しているのだろうか。



「ごめんなさい。この子、結構人見知りするんです」



「いえいえ……」



 静香がいなければ、ガキを殴りたいぐらいだった。

 内面と裏腹に、僕は精一杯の笑顔を作った。









「可愛いお子さんですよね」

 小憎たらしいガキが……。



 まだ観察するようにこっちを見てやがる。

 俺は昆虫じゃねえぞ。



「ありがとうございます。そういえば亀田さん、今日はお休みなんですか?」





「いえ、僕の場合、部屋でデザインの在宅仕事になるので、時間はかなり自由利くんです」



 最初の内はどもりながらだったが、だいぶ静香と話すのが慣れてきたようだ。

 スムーズに口が動く。



「デザイナーですか。格好いいですね。うちのは普通のサラリーマンなんで……」



「転勤か何かで、こちらに引っ越してきたんですか?」



「ええ、できれば一箇所に落ち着きたいものなんですけど……」



「業務命令じゃ仕方ないですけど、家族は大変ですよね」



「はい、まだ隆志も小さいものでして」



 優しそうな目で我が子を見る静香。

 いつかはその目を僕に向けさせてやる。









「このおじちゃん悪い人だ」



 静香の後ろに隠れたままの状態で隆志が呟いた。



 頭に血が上昇する。

 いきなり何を言い出すんだこのガキめ。



「隆志、何言ってんの。失礼でしょ」



 慌てふためく静香。

 子供を叱り、懸命に謝っている。





「いえ、気にしてないですから…。大丈夫ですよ」



「本当に申し訳ございません。ケーキまでいただいているのに……」



 頭を深々と下げる静香。

 大き目のセーターを着ているので、胸の谷間が間から見える。

 僕はそこから手を突っ込みたい衝動に駆られたが、必死に自分を抑えた。



 隆志の幼い目が僕を凝視していたので、さりげなく目線を外す。





 申し訳なさそうに何度も謝り、その場を離れる静香の後姿。

 抱いている隆志は何度も振り返り、僕のほうを見ていた。



 僕にとってあのガキは、邪魔者以外何者でもない。

 黒い憎悪が全身を取り巻く。









 時が経つのは早いもので、香田家が隣に越してから一ヶ月の月日が流れた。



 僕の日常は相変わらず変化がない。

 壁に耳を当てて隣の音を聞くという異様な行動時間が、前より増えたぐらいだった。



 おかげで香田家に対する情報は、色々入手できた。



 旦那は仕事が忙しいらしく、週に一度は泊まりで帰ってこないという事実。

 忙しいくせに稼ぎが少ないのであろう。

 じゃなければ、十畳一間のこんなオンボロ木造アパートに、家族三人で暮す事はない。



 旦那はたまに見掛けるが、仕事の疲れが残っているような表情が印象的だ。

 思っているより夫婦仲は良くないのかもしれない。





 静香は子供を溺愛している様子で、一日最低一度は近所の例の公園へ連れて遊ばせていた。



 あのガキの態度は相変わらずで、僕に警戒心を強く持っている。





 僕は窓からこっそり静香を撮影して、画像や映像コレクションを増やした。



 今じゃパソコンの『静香』フォルダの中には、画像が三百枚、動画が三十点ほどある。





 隣近所同士という関係は日々にうまい具合に発展している。

 何故ならば、静香は自身の手料理をたまに差し入れしてくれるからだ。

 料理を作る際、独り身の僕の事までちゃんと気に掛けてくれている証拠だ。





 料理が趣味といっても過言ではない静香。



 肉じゃがや煮物といった和食が彼女の得意分野みたいで、自分の料理を喜んで食べてくれる人には素直に心を開く傾向が見えた。



 その点で言えば、僕には心を許しているのだろう。





 お返しにと駅前の洋菓子屋に行くケースが増えたので、すっかり常連客の仲間入りだ。



 静香との仲は、次第に進展しているという自負を感じる。





 性欲が溜まると駅前の風俗店に行くか、マスターベーションを済ませた。

 どのDVDやエロ本を見ても、静香の顔を想像して当てはめる。

 その内、想像だけでは虚しくなってくる自分に気がついた。



 パソコンのモニターにヌード画像を出してみる。

 静香と体系の似ている画像だけ残し、別フォルダに保存する。

 顔の部分だけ静香の顔を使い、合成写真を丁寧に作成した。



 誰が見ても合成写真だと分からないレベルまで、画像修正を施す。

 自分で作っておきながら素晴らしいと思うぐらいの出来で、静香のヌード合成画像が完成した。



 眺めているだけで熱くなる股間。

 さっき射精したばかりなのに、もう元気になっている。

 静香効果は大きい。



 彼女自身に見せてやりたかった。

「ほらほら君の魅力は、僕のをこんな大きくしてるんだよ」と……。





 再度マスターベーションを済ませると、急激に性欲がなくなっていく。



 しょせん、これは作り物。

 本物を見てみたい。

 欲望は限界を知らない。

 どんどんエスカレートしていくばかりだった。









 目覚めると全身に汗を掻いていた。

 まだ六月の下旬だが、もうすっかり夏だ。



 冷房のスイッチを入れて窓を閉める。



 夏という季節が嫌いだった。



 どんなに薄着でいても汗は止まらない。

 在宅の仕事で本当に良かったと感じる季節でもあった。



 外を少しでも歩くと噴き出す汗。

 自分の体臭ながら臭く感じるので、この時期外出はなるべく控えるようにしていた。



 しかし今までは嫌いな季節だった夏も、一つだけいい事があった。



 以前より静香が薄着になるからである。

 透けて見えるブラジャーとパンティのライン。

 そして何よりも身体のラインがクッキリとしているのがたまらない。

 子供と遊ぶ時は髪を後ろで縛るので、色っぽいうなじが見えた。





 ある日の深夜、食料の買出しの帰りにアパートの前まで来ると、一枚の白いパンティが落ちていた。





 辺りを見回し誰も見ていないのを確認すると、瞬間的に拾いポケットに押し込む。







 階段を降りる足音が聞こえてくる。



 気にせず階段へ向かうと、ちょうど静香が降りてくるところだった。



 白いTシャツに短パンというラフな格好。

 綺麗な肉付きのいい太ももが妙にそそる。



 彼女は僕がいるのを確認すると、少し恥じらいの表情に変わった。





「こんばんは……」



「あ、こんばんは」



「こんな深夜にどうしたんですか?」



 僕がそう言うと、静香は照れながら口を開く。



「実は洗濯物が一枚だけ、風に飛ばされたみたいでして…。今日は疲れていて早めに寝てしまい、洗濯物を取り込むのを忘れていたんです。さっき起きて数を調べると一枚だけなかったので、下に落ちているのかなと思いまして……」



 すぐにピンときた……。



 僕は大変な宝物をタッチの差で入手したのである。

 股間が熱くたぎる。

 動揺を顔に出さないように、きわめて冷静に接した。





「それは災難ですね。このアパート、周りに大きな建物がないから、たまに強い風が吹きますからね。ところで何の洗濯物を落としたのですか?」



 ワザと意地悪な質問をしてみる。

 予想通り、静香はモジモジしだした。





「いえ、たいしたものじゃないんです……」



「早く見つかるといいですね。では、食料品あるので僕は失礼しますね」



 これ以上、話し込んでいるとボロを出す可能性がある。



 ポケットの中にあるパンティが僕を興奮させていた。

 冷静に話をするのが大変だった。

 変に疑われるのも嫌なので、その場から去る事にする。





 二階に上がり下を見てみると、静香は一生懸命に下着を探していた。



 僕のズボンのポケットにあるなど、絶対に分からないだろう……。







 しばらく無言で静香の姿を眺めてみた。







 部屋に着くと食料品の入ったビニール袋を適当に放り投げ、ポケットから静香のパンティを取り出す。







 両手で広げてみた。







 真ん中に小さなリボンのついた純白のパンティ……。



 これをあの静香がはいていたのだ。

 言いようのない興奮が頭を支配する。

 股間が爆発しそうなぐらい膨れ上がる。



 静香のあの恥じらいの表情、最高だった。









 そっと匂いを嗅いでみる。

 舌をゆっくり出して舐めてみた……。



 今、僕は間接的に静香に触れているのだ。

 そう思っただけで射精してしまう。



 精液でビチョビチョになったズボンとトランクスを脱ぎ捨て、手で一物をつかむ。

 僕は静香のパンティを頭にかぶりながらマスターベーションを覚えた猿のように繰り返した。







 またこれで、静香との距離が一つ縮まった……。









 久しぶりに夢を見た。

 僕の横では静香が寝ている。



 いくら声を掛けても起きる気配がない。

 僕は柔らかそうな胸にそっと手を触れる。



 一瞬だけ体を動かす静香。

 なんて心地良い手触りだろう。

 僕は本能の思うまま、胸をまさぐった。



 背後に誰かいる気配を感じ振り向くと、隆志が黙って立っていた。



「何だ、このクソガキ。向こうに行ってろ!」



 感情のない隆志の目。

 僕の言葉は、何も聞こえていないように見えた。



「向こうに行けって言ってるだろ、ぶっとばすぞ」



 横で静香が目覚める。

 不思議そうな顔で僕と隆志を交互に見ていた。



「ママ……」



「どうしたの、隆志?」



「だから言ったでしょ」





「何が?」



「このおじちゃん悪い人だ」



 急に目の前が真っ暗になった……。













 目を覚ますと、見慣れた自分の部屋の天井が見える。



 不思議な夢だった。

 時計を見ると、まだ昼の十二時前だ。



 静香の子供、隆志の台詞がいまだ脳裏にこびりついていた。





「このおじちゃん悪い人だ」





 我が子の突然言った言葉を静香は、どう感じているのだろうか。



 ひたすら平謝りした彼女。

 その姿からは誠意が見えた。しかし無邪気な子供の発した戯言として済ませているだろうか。



 一ヶ月以上経った今でも答えは分からない。

 いくら考えても答えは出ないのだ。





 気分転換に静香の合成画像をモニターに映し出す。

 パンティも手に持ちながら、マスターベーションを始める。



 その時、ドアをノックする音が聞こえてきた。



 この時間帯だと、静香の可能性が高い……。

 慌ててパンティをしまい、静香の画像を消す。

 ズボンを慌ててはき、玄関に向かった。







「亀田さん。先ほどすき焼き作ったので、もし良かったらと思いまして……」

 花柄模様のエプロンを着たまま静香は、手作りのすき焼きをタッパに入れて持っていた。



「いつも気に掛けていただいてすいません。ほんと静香さんの手料理は、抜群においしいからなー」



「やだー、亀田さんたら……」



「いやー、何を食べてもほんと絶品ですよ。じゃあ、おいしくいただかせてもらいますね」



「タッパはそのまま玄関の横にでも置いといて下さい。それでは……」





 ドアを閉めると、静香のほのかに甘い残り香りだけが玄関に漂う。

 僕は残り香りを可能な限り、必死に吸い込んだ。



 もうこれで手料理を差し入れてもらうのは何度目だろう。



 これで確信できた。

 こう何度も手料理をくれるなんて、静香は子供の言った台詞など何も気にしていないはずだ。

 そう思うと、いくらか精神的に楽になるのを感じた。



 いつもの予定だと、これから静香は公園に行くはずだ。





 その時、いいアイディアが頭の中に浮かんだ。