美和は、まだ仕事しているだろうしな……。

 とりあえず友人に連絡してみる。





「なんだい、雷ぞっち?」

 相変わらずの友人のダミ声が聞こえてくる。



「あれ、今日は仕事休み?」



「ああ、先週の日曜日仕事だったから、今日はその代わり」



「そうなんだ」



「雷ぞっちは?」



「今日、仕事を休んだんだけど、今まで外に出掛けててさ」



「うん」



「それで今帰ると、変な封筒があったんだよ。差出人もないし、おまえが届けたのかなと思ってさ」





「はぁ? そんなの知らないよ」





「そっか……」



「中は見たの?」



「DVDの真っ白なメディアが一枚だけ」



「何、メディアって?」





「うーん、分かりやすく言うと、DVDだよ」



「ああ、なるほどね」



「まあ、プレーヤーで見てみるよ。おまえも一緒に見るかい?」



「俺はいいよ。遠慮しとくよ」



「何で?」



「だって薄気味悪いじゃん」



「それはそうだけど、中身気にはなるだろ?」



「そうだけど、俺が怖いの嫌いなの、知ってるだろ?」



「ああ、そうだな。でも中身がエロいやつだったとしても、あとでじゃ見せてやらないぞ。いいのか?」



「それはまた別の話だろ」



「都合いいやつだな」



「いいじゃねーか。そん時はちゃんと教えてくれよ」



「分かったよ。これから見るから切るぞ」



「ちゃんとエロいのなら、教えてくれよな」



「分かったよ」

「絶対だよ」



「うるせって、しつこいなぁ」



「いいじゃん。あとで少ししたら、俺から電話するよ」



「はいはい、じゃあね」





 封筒は友人からではなかった。

 では、美和からだろうか?



 俺はメールを打って、返事を待つ事にした。





 一体、何のDVDだろうか?



 差出人不明の無地のDVD……。

 内容はどうなっているのだろう?



 とりあえず、美和からの返事を待ってから拝見しよう。



 すぐにメールの返事がきた。



『ただいま、仕事中。封筒? 何それ? 私は仕事で、今日は雷蔵のとこ行ってないよ。さっき電話したのは、ちょっと声が聞きたかっただけでした。寝ちゃってたかな? でもメールが来たので、職場でニコニコしてます。終ったら連絡するね』





 美和からでもない。

 じゃあ、一体、誰がこんなものを……。



 美和のメールを見て、胸が痛んだ。

 さっきまで、静香を抱いていたのだ。



 完全な裏切り行為。

 でも、この分では気づいていないようである。





 このDVDを見てみよう。

 考えても結論は何もでない。



 俺はプレイヤーへメディアを入れた。









 ―― 公園に映るブランコで首を吊った男 ――









 ん、何だ、これは……。



 この間、借りた『一般人投稿の不可解な映像』と、同じ映像じゃないか。

 俺は借りているほうの『一般人投稿の不可解な映像』を見た。



 テレビの横に置いてある。

 間違って入れた訳ではない。





 何だ、このDVDは……。



 薄気味悪いものを感じる。

 借りたものと違う点は、スタートの時点で静香がいきなり出てきているところだ。



 誰がこんなものを……。



 静香とスタッフの話す内容は、前と何も変わらない。

 話す台詞まですっかり同じだ。





「すべり台でうちの子が遊んだあと、ブランコほうへ行く時に……」



「はい」





「ブランコで首を吊っていたようなサラリーマン風の男が……」



「え、はっきりと映っていたんですか?」





「はっきりと言うよりかは、うっすら透明にといった感じです」



「でも、●●さんは、それを見ながら撮影していた訳ですよね」



「もちろんです! ただ、私からはその時、何も気づきませんし、何もなかったんです!本当ですよ。信じて下さい!」



「落ち着いて、落ち着いて……」



 急に取り乱す静香。

 スタッフは、慌ててなだめている。

 ここまで何も変わっていない。





「す、すみません……」



「では、その問題のシーンを拝見いたしましょう」



 慌てたスタッフは、半ば強引に、画面を切り替える。

 俺の思考など気にせず、テレビのモニタはかまわず進めていく。





 問題の映像シーンが始まる。





 近所の公園で無邪気に遊びまわる男の子。

 俺はこの子が隆志という名前だと知っている。

 そして亡くなったのも……。





 静香にビデオカメラで撮られるのを嬉しそうに、元気いっぱいはしゃぐ隆志。



 砂場で山を作って遊び。

 ジャングルジムを頑張って必死に登る。



 本当にこの子が、原因不明の病気で亡くなったのか。

 こんなに元気なのに……。



 でも、俺は隆志の墓まで、実際にこの目で見ている。



 ジャングルジムについているすべり台から、大声を上げながら滑り降りる隆志。

 すべり台つきのジャングルジム……。

 隆志がブランコのほうへ駆けていく。



 ここで、亀田の合成した偽者動画が出る。

 ブランコで首を吊った男が映しだされる。





「ん?」





 何か、前よりハッキリと鮮明に映ってないか……。



 俺は身を乗り出して、さらにテレビへ近づく。



 間違いない。

 前、見た時よりもハッキリと映っている。



 頭が混乱してきた。

 気がつくと息使いが荒くなっている。





「ホラービデオを見ているぐらいなら、私は何も言わなかった。でもあの公園は本当に言っちゃ行けない場所のような気がする。霊体験ってそんな簡単なものじゃ済まない気がするの……」



 美和の忠告した言葉が鮮明に頭の中で蘇っていた。









 画面が切り替わる。

 すっかり俺は画面に見入っていた。



 砂嵐がザーッと音を立てながら流れる。

 これで終わりなのか……。



 プレイヤーからメディアを取り出そうとする。



 その時また画面が切り替わった。

 俺は手を止め、その体勢のまま画面を見る。





 映っているのは、ニュースみたいな映像。

 見た事もないような、アナウンサーが放送席に座っている。





「本日、午後四時のニュースをお伝えします。以前、公園で首を吊ったサラリーマンがいました。その後、また近くのアパートで、ドアノブに紐をかけ、首を吊って亡くなった方もいます」





 何だ、このニュースは……。

 全身鳥肌が立った。





「そしてまた、その隣の部屋で一人の女性が、窓のところから紐をかけ、首を吊ってぶら下っているのを発見しました」





 隣の女性……。

 静香の事か……。





 そんな馬鹿な……。



 落ち着けって……。





 これはただのDVDプレイヤーが再生して映っている画面だ。

 通常のテレビ放送で流れている訳ではない。





「それでは、その模様をお伝えする映像があるので見てみましょう」



 俺は時計を見た。

 四時ちょうどだった。



 何だ、これは……。





 これ以上、見てはいけない気がした。

 あれほど怖いものを見ている俺が、ビビっているのか。



 本能がやめろと、危険信号を送っている。





 額に手をやると、汗を掻いていた。

 俺は冷や汗を掻いているのか……。





 マズい…、これ以上…、見てはマズい……。





 俺はプレイヤーの停止ボタンを押した。













「無駄ですよ」





 テレビから声が聞こえた。

 びっくりして画面を見る。





 画面の中にいるアナウンサーと、目が合った。



 馬鹿な…、今、俺に言ったのか……。





「もう、停止ボタンを押しても無駄なんです」







「……」



 明らかにアナウンサーは、俺のほうを向いてそう言っている。



 何だ、このDVDは……。





「しっかりと画面を見て下さい。私も仕事中ですので、正面を向いてアナウンスしないと怒られてしまうのです」



 ヤバい。

 頭の中で警告音が、やかましいぐらい音を立てて鳴っている。





「では、どうぞ」

 アナウンサーが言うと、画面が切り替わる。



 映ったのは、古いアパート。



 どこの…、いや、静香が住んでいるアパートだ。

 公園とは逆から撮った角度で収まっている。



 二階の一室の窓から、人みたいなものが垂れ下がって見える。

 遠くからの映像なので、よく見えないが……。





 カメラはアパートに徐々に近づいている。



 俺は衝撃を受けた。

 人みたいなものではなく、人間が首を吊っている。



 髪の長いロングヘアー。

 顔も吊るされたショックからか、かなり変形して醜く映し出されている。





 俺はそれが静香だと分かった。





 目から一筋の涙が零れ落ちる。

 何故、彼女がこんな真似を……。







 ちょっと待て…、この映像はおかしいだろう?



 さっきまで俺はこの静香と直に会っていたのだ。

 別れてからすぐ帰り、郵便受けにこのDVDはあった。



 もし静香が本当に首を吊ったとしても、こんなすぐ映像に納めるなんてありえないじゃないか。







 だいたいこのDVDは何なんだ?







 部屋の電話が鳴る。



 誰から?

 美和からか……。



 俺は立ち上がり、受話器を取った。







「もしもし、早乙女です」





「困りますよ、早乙女さん。ちゃんと画面を見てもらわなくては……」





 聞き覚えのある男の声。

 しかし誰からか分からない。





「誰だ、おまえは?」

 俺は叫んでいた。





「静かにして下さい。後ろを振り向いて、画面を見て下さいよ」





 俺は振り返り、テレビ画面を見た。

 さっきのアナウンサーが受話器を耳に当てながら、俺を凝視していた。





「そう、そうやって、ちゃんと見て下さいよ」





 受話器からと、テレビのスピーカーから、同じ声が聞こえてくる。

 思わず受話器を落としてしまった。





 俺が体験したかったのは、こんなんじゃない。



 怖くてこの場から逃げ出したい。

 でも、動こうと思っても動けないでいた。



 ひょっとしてこれが、金縛りというものか……。







「……」



 叫ぼうとしても、声すら出せない。







「では、引き続き、映像をご覧下さい」



 アナウンサーが笑顔で言い、再び、画面が切り替わる。



 公園で無邪気に遊びまわる隆志が映し出される。





 さっき見た映像じゃないか。



 遊んでいる隆志を撮る静香。

 何も変わらない。





 もう見たくない。

 目を閉じたくてもできなかった。





 すべり台を滑った隆志がブランコのほうへ走る。

 そこへ映る首を吊った男。



 さらに前よりもハッキリと映っていた。





 首を吊った男の顔が動く。



 俺の方向を見ているのが分かった。







 助けてくれ。



 誰か助けてくれ……。





 神様、仏様……。





 何でもいい。

 俺を助けてくれ……。







「……」



 首を吊った男が、俺に向かって近づいてくる。



 限界だ…、意識が薄れていく。







 目を覚ますと、天井が見えた。



 俺は気を失っていたのか……。

 部屋の床で寝ていたようだ。



 テレビ画面を見る。

 何も映っていなかった。







 さっきのは夢だったのか……。

 しかし、それにしては、リアル過ぎる。







 玄関のチャイムが鳴った。



 美和だろうか?



 俺は玄関へ向かう。

 これ以上、一人でいるのは嫌だった。





 霊体験をしたいとか思っていた俺が、馬鹿だった。

 ドアを開ける。









「うわぁーっ……」





 外には、首を吊った男がぶら下がっていた。



 ジトッと怨みの籠もった視線で、俺を見つめていた。





「……!」

 また、体が動かない……。





「……!」

 声すら出ない。



 誰にも助けを呼べない……。





 首に紐のようなものを巻かれる感覚を感じる。



 あの時、公園で嗅いだ変な臭いが鼻をつく。

 その嫌な臭いだけしか、感じ取れるものはない。







 頭のヒューズが、プチンと音を立てて鳴ったような気がした。









 何故、この俺が……。







 目の前が、真っ暗になった。



 何も見えない。

 何も聞こえない……。







 疲れた……。



 もう、どうなってもいいや……。