「ん……あれ? ここは旅館……じゃない!?」

 目が覚めると、私は天蓋付きの物凄くフカフカなベッドの上に居た。
 おかしい。毎日毎日社畜として働いて、月に一度の贅沢である温泉旅館一人旅に来ていたはずだ。
 それなのに、泊っている部屋がどう見ても洋室で、広い上に天井も凄く高い部屋となっている。
 私の給料では絶対にこんな部屋には泊まれないし、何より温泉旅館っぽさが味わえない。
 とりあえず、窓から外を覗いてみようとベッドから降りたところで、小さくドアがノックされた。

「はーい! どうぞー!」
「失礼致します。アリス様、おはようございます」

 おぉっと。てっきり仲居さんだと思っていたのに、まさかのメイドさんだった。
 しかも、金髪碧眼で物凄く背が高い綺麗な人……って、幾らなんでも背が高すぎない?
 幾ら外国の方の背が高いと言っても、私の顔がメイドさんのお腹くらいなんだけど。
 あと、アリス様って誰の事? でも、メイドさんは完全に私を見ているし……って、えっ!? 待って! どうして、服を脱がそうとしてくるの!?

「あ、あのっ! これは……」
「はい。こちらの純白のドレスは、魔王様がアリス様に似合うだろうと、昨晩送られてきたものです」

 いや、服の話をしているのではなくて、どうしてメイドさんに着替えさせられているのかを聞きたかったんだけど……ちょっと待って!
 その白いドレスは見た事がある。
 確か、電車の中で読んでいた小説に出てくるヒロイン、アリス・シーランの服装だ。
 アリスは魔王の幼い愛娘で……って、どうしてそのアリスの服が私に着せられて、しかもサイズがピッタリなの!?
 アリスはまだ五歳なんだよっ!?

「いかがでしょうか。アリス様。とてもお似合いですよ」

 メイドさんに連れられて、姿見の前に連れて行かれると……白いドレスに身を包んだアリスが居た。
 大きな青い瞳と、シルクみたいにサラサラな金色の髪。幼いながらに、将来は確実に美少女へと成長する事が約束されているような、天使のように可愛らしい女の子だ。

「えっ!?」
「ど、どうかされましたか!? 何か、私に落ち度が……」
「う、ううん。魔お……パパがくれたドレスが凄く可愛くて、ビックリしちゃったの!」
「左様でしたが。では、食堂へ参りましょう」

 嘘……でしょ!?
 鏡に映った自分の姿がアリスで、思わず声が出てしまった。
 もちろん、前世とは比べ物にならない美少女になれた……と喜んだ訳ではない。
 というのも、アリスは……悲劇のヒロインであるアリスは、物語が始まったら、僅か数十ページで亡くなってしまうからだ。
 夢かとも思ったけど、アニメでもゲームでもない、小説の一キャラクターの事をここまで詳細に見られるとも思えないので、考えられるのは……転生。
 夢なら覚めた時に、また社畜の日々だと笑うだけだが、本当にアリスへ転生しているのであれば、全く笑えない。

「アリス様。本日の朝食は、かぼちゃのポタージュスープとサラダに、エッグトーストとチーズになります」
「ありがとー! いただきまーす!」

 アリスの……五歳児らしい行動で朝食を食べながら、周囲の様子を探る。
 大きな食堂で、十数人が掛けられる長いテーブルだけど、朝食を食べているのはアリスだけ。
 代わりに、大勢のメイドさんが壁際で私がご飯を食べる様子を見つめている。
 うん、小説の通りだ。ここは、物語の舞台である人間たちの国イタリナの、アリスが殺されてしまう場所……ヴァリスネリ公爵の屋敷なのだろう。

「ごちそうさまでした」
「アリス様。では、本日も魔法のお勉強でしょうか?」
「はい。集中したいので、お昼ご飯まで一人にしてください」
「畏まりました」

 魔法の勉強をするから……という事で自室に戻ると、ようやく一人になれたので、大急ぎで荷物を纏める。
 と言っても、クローゼットにあった普段着っぽい服に着替え、ドレスや高価そうな装飾品を闇魔法で異空間に収納していくだけで、実際に荷物はないけれど。
 ひとまず、これらを換金出来れば、当面生きていく資金になると思う。
 実家に……魔王の住む城へ戻るのが最善なのだろうけど、馬車でも最低一月は掛かる距離だし、この五歳の姿だと馬車に乗せて貰えるかも怪しい。
 それはさておき、目ぼしい物はもらったので、最後の仕上げだ。

「……出来る。私は魔王の娘、アリス。絶対に出来るんだから! ……≪飛翔≫」

 風魔法で宙に……浮いたっ!
 闇魔法で異空間収納が出来たのだから、当然空を飛ぶ魔法も使えるはずなんだけど、アリスの部屋は三階なので、落ちたら良くて骨折で、最悪死んでしまう。
 なので、宙に浮いた今も、かなりドキドキしつつ、窓から外へ……出た!
 落ちたりは……しない!
 よし! とにかく全力でこの屋敷から離れる! 行っけぇぇぇっ!
 原作通りに殺されないようにする為、風魔法で空を飛んで、五歳にして家出する事にした。