○学校・体育館(朝 夏休み明け始業式)

9月1日。全校生徒が集まる夏休み明けの始業式。
学年、クラスごとに列に並びぎゅうぎゅうに押し込められている体育館内はクーラーが効いているとはいえ、暑く感じる。

校長「え〜…ですので学生の本分は、」

校長の長い話に皆が暇を持て余す生徒達は、途中から話半分。皆、早く終わらないかなと考えているように見えた。

校長「では、最後に生徒会からのお知らせですね。山城さんお願いします」

その言葉に、先ほどまでダルそうにしていた生徒達の大半がピクリと肩を揺らす。(主に男子生徒)

陽鞠「はい」
 
聞き馴染みのある、よく通る綺麗な返事が聞こえてきた。

校長と入れ替わりに、体育館の袖から出てきたのは清潔感のあるサラッとした長い黒髪をなびかせた女子生徒。

スラッとした長い手足は遠目からでもスタイルが良いことが伝わってくる。

マイクの前に立った女子生徒は、ぐるりと体育館内をいちべつし、小さく会釈をすると口を開いた。

陽鞠「おはようございます。生徒会長の山城陽鞠(ひまり)です。9月の行事予定について生徒会からお知らせがあります」 

校長の時とは打って変わって、生徒達の注目がステージ上にいる彼女へと集まっている。

そんな彼女を私はジッと見つめていると。

彩美「月詠(つくよ)、相変わらず陽鞠さんすごい人気だね」

コソッと私に耳打ちしてきた親友の野中彩美(あやみ)に私(山城月詠)は、心の中で苦笑いを浮かべる。


◯教室(昼休み)

月詠「あ、あれ?お弁当がない…?」

彩美「え、月詠お弁当忘れちゃったの?」

月詠「ハァ…。そうみたい。購買で何か買ってこようかなぁ」

昼休みになり、クラスメイトたちは仲のいいもの同士で集まり、お弁当を食べ始めている。
そんな中、ガサガサとカバンの中を探している月詠に呆れたような声をかける彩美。

山城月詠(つくよ)、高校1年生。
高校生になってからはや半年。
肩までの長さの癖っ毛に身長155センチ。
スタイル普通。顔も普通。
つまりは、いたって平凡な女子高生。

ただ、1つ普通と違うことと言えば…。

陽鞠「月詠いた〜!ほら、お弁当忘れてるよ」

月詠「お、お姉ちゃん…」

2歳年上の完璧な姉、山城陽鞠の存在だ。

月詠のお弁当を届けに1年生のクラスにやって来た陽鞠はキラキラした笑顔で月詠に手を降る。

男子A「やば。陽鞠先輩じゃん!めっちゃ可愛いよな〜。見れてラッキー」

男子B「だな〜。いや、本当に美人だよな!」
 
近くの席に座っている同じクラスの男子生徒が嬉しそうに陽鞠の姿を見つめる。

周りの視線を感じつつ、肩身を小さくしてお弁当を受け取るため陽鞠に近づく月詠。

陽鞠「もう、月詠ったらあいかわらずおっちょこちょいなんだから〜。はい、お弁当」

月詠「あ、ありがとう…」

クスッと綺麗な笑みを浮かべ、陽鞠はお弁当を月詠に手渡した。

「じゃあね」と去っていく陽鞠の姿を見送り、心の中でため息をつきながら、月詠は自分の席へと戻る。

女子A「陽鞠先輩本当に超綺麗だよね〜。いつもどんなお手入れしてるのかな?」

女子B「ね!でもさ正直、言っちゃ悪いけど山城さんと姉妹なんて見えないよね〜」

チクン。

ヒソヒソと話している女子A、Bの声が聞こえてきて胸が痛む。

月詠(そんなの、他の人に言われなくたって私が1番よくわかってるもん)


〇(回想) 陽鞠と月詠の幼少時代

近所のおばさん「あら〜。陽鞠ちゃんは本当にお姫様みたいで可愛いわね。あら〜月詠ちゃんも綺麗な着物ねぇ。可愛いわねぇ」

陽鞠「えへへ。月詠やったね!可愛いって」

月詠「うん。そうだね…」

月詠(お姉ちゃんはお姫様みたいだって。いいなぁ)

ハッキリ姉との違いを自覚したのは、姉 陽鞠七歳。
そして、月詠は五歳の七五三でのことだ。
姉に向けられる褒め言葉は、自分には向かないことに気づく月詠。

昔から可愛くて、要領の良い姉とおっちょこちょいで要領も悪い自分。

サラサラの黒髪ストレートヘアの姉。
癖っ毛で少し日に焼けた茶色の剛毛な自分。

スラッと長身でスタイル抜群の姉。
中肉中背平凡なスタイルの自分。

本当に姉妹なのかと月詠自身が疑ってしまうほど何もかもが正反対。

月詠「ねぇ、私とお姉ちゃんは、何で姉妹なのに似てないの?友達のハルちゃんに言われたの。月詠ちゃんってお姉ちゃんと全然にてないねーって」

小学生になったばかりの頃、同じクラスの友達、ハルちゃんに言われたその言葉がショックで、母に尋ねた月詠。

母「月詠はの癖っ毛は、お父さん似だもんねぇ。クルクルしてて可愛くてママは好きよ。陽鞠は母さん家系に似たのね〜」

姉に似たサラサラの黒髪をなびかせて、困ったように笑顔を作る母を見て、「あぁ、これは聞いたら聞いてはいけないことなんだ」となんとなく悟る月詠。

その日から、姉と自分が似てないことを聞くのはタブーな気がして月詠は自分の気持ちを隠すようになる。

(回想終了)


**

彩美「月詠、よかったね!陽鞠さんって昔から月詠のこと大好きっていうか…。過保護というか。わりとシスコン気味な所あるよね〜。ふふっ。でも持ってきてくれてラッキーじゃん。さ、食べよ、食べよ!」

ニコニコ笑顔の彩美に対して、心の中で苦笑いを浮かべる月詠。

月詠(シスターコンプレックスって、お姉ちゃんとか妹が大好きって言う意味で使うけど…。私にとっては本当に、ただただ、シスターへのコンプレックスって意味なんだよなぁ)

もちろん姉のことは嫌いではないが、姉と比較されることが嫌な月詠は物心ついた頃から、それがコンプレックスになっていた。

彩美「そういえば、陽鞠さんって確か推薦で国立の良い所の大学決まったんだって?」

月詠「うん、そうみたい。お姉ちゃんも受験早めに終わったから嬉しそうだったよ」

彩美「そかそか。陽鞠さんよかったね〜。あぁ、私も大学とかどうしようかなぁ。推薦もらえたらありがたいけどさぁ」

中学時代からの親友の彩美は、昔から陽鞠のこともよく知っている。
パクパクとお弁当を食べながら頭を抱える彩美。

月詠「彩美は、成績良いし絶対に推薦もらえるよ〜。問題は私だなぁ」

彩美「あれ?でも月詠は専門受けるって言ってなかった?」

月詠「うーん…。でも、大学もやっぱり気になるなぁって。一応、先生からも今から頑張ればどこかは受かるだろうって言われてるし。というか、そもそもまだ将来何になるかなんて決めてないもん」

くるくるの癖っ毛を指に絡ませため息をこぼした時。

富永「あのさ、山城月詠いる?」

廊下から聞こえてきた声に彩美と月詠は驚いて顔を向けた。

女子C「ねぇ、あの人。3組の富永くんじゃん!1年生の中でもカッコいいって噂の…」

女子D「わぁ!本当だ。山城さんに何の用事だろうね」

噂好きの女子たちが、爽やかな笑顔で立っている富永の姿を見てヒソヒソと囁いている。

彩美「月詠っ!呼ばれてるよ」

「告白なんじゃない!?」とでも言いたげな、ニヤニヤと彩美が視線を投げかけてきて居心地の悪い月詠。

月詠「う、うん…」

学年でもカッコいいと噂の富永に呼び出され若干緊張する。実は、富永とは美化委員が同じで月詠は何度か話をしたことがあった。

富永の声かけにどう答えようか迷っている中、キョロキョロとクラス内を見渡す富永と月詠の視線が絡む。

富永「あ、山城!急にゴメン!ちょっと話があるんだけどいいか?」

月詠「…うん。わかった」

コクリと頷き、未だに楽しげにほくそ笑む彩美を一瞥した月詠は素直に富永の後をついていった。


◯校舎裏(昼休み)

昼休みの校舎裏は人気が少ない。二人きりの空間にソワソワする月詠。

月詠(富永くん、話って何だろう…)

すると。

富永「あ、あのさ。実は俺、陽鞠先輩に憧れてて…。よかったら連絡先とか教えてもらえないかな?」

月詠(あぁ…。やっぱりね)

予想通りというか、お決まりの展開に月詠は口もとが引きつった。

月詠「富永くん、ごめん。そういうお願い正直すごく多くてね。お姉ちゃんからは教えるなって言われてるの…」

なるべくオブラートに包んでやんわりと断る。

富永「そっか、そうだよな…。たしかに山城の言う通りだな。わりぃ、えっと、今言ったこと忘れてくれ」

頭をかき、申し訳無さそうに言葉を紡ぐ富永は、苦笑いを浮かべてその場を立ち去っていく。

月詠(こういうのなかなか減らないなぁ…)

入学して半年の間ですでに似たような事例は2回あっていて。まさに2度あることは3度あるってやつだ。
ほんの少し自分に用事があったんじゃないかとソワソワしてしまったことが恥ずかしい。

月詠(さ、お弁当食べに戻ろうっと)

大きなため息をついて教室に戻ろうと踵を返した瞬間。

??「お前も大変そうだな」

ビクッ。

誰もいないはずの背後から、低めの綺麗な声が聞こえてきて思わず月詠は身体を強張らせた。

月詠「だ、誰…ですか?」

おそるおそる声のした方向に月詠は視線を向ける。

??「あ、わりぃ。驚かせたか?」

そう言って、姿を現したのは…。

月詠「…!?えっと、2年の谷先輩…!?」

輝都「へぇ?俺のこと知ってんの?」

一瞬驚いたように綺麗な切れ長の目を見開いた彼の名前は谷 輝都。月詠の1つ上の高校2年生で、学校での有名人。

サラッとした短髪の黒髪に切れ長の目元が印象的。
背も180センチはありそうで、小柄な月詠は見上げないといけない。

さらには成績優秀、スポーツ万能、そしてイケメンと三拍子が揃った輝都は次期、生徒会長だと噂もされていた。

月詠「そりゃ谷先輩は有名人ですから…」

輝都「俺も君のこと知ってるよ。山城先輩の妹なんだってね」

チクン。

月詠「…はい」

"山城先輩の妹"、昔からついて回るその言葉はまるでなにかの呪いみたいだと月詠は思っていた。

同じクラスの友達からも、先生からも、最初の認識は基本そこ。

月詠(私の名前なんて…ちゃんと知ってるのは昔から仲良しの彩美くらいだよね)

フッと自嘲的な笑みがこぼれた時。

輝都「名前は…山城月詠だっけ?」

輝都から自分の名前が出たことにハッとして顔を上げる月詠。

初対面で月詠の名前を認知している人に会ったのは初めてだった。

月詠「な、んで…私の名前」

輝都「ん?だって綺麗な名前じゃん。俺、結構入学式の時のクラス表とか見るんだけど、珍しいし印象的だったんだよ。君の名前。まさか、山城先輩の妹だとは思わなかったけどさ」

月詠「…ッ」

綺麗に微笑んだ輝都の顔が、急にキラキラと輝いて見えて月詠は戸惑いを隠せない。

ドキン、ドキン。

この胸の高鳴りは、自分の名前を認知してくれていたことへの高揚感なのか、それとも…。

キーンコーンカーンコーン。

遠くで昼休み終了のチャイムの音が聞こえてくる。

輝都「っと、そろそろ教室戻らないと。じゃあね山城…って、山城だと山城先輩と同じで区別が面倒だし…。月詠って呼んでもいいか?」

サラッと嫌味のない言い回しで、下の名前を呼んでくれる輝都に、月詠は顔を真っ赤にさせながらもコクコクと大きく首を縦にふる。

輝都「じゃ、月詠な。俺のこともよかったら名前で呼んでよ。…あ、あと。さっきの気にすんな。自分で連絡先も聞けない男、こっちから願い下げって気持ちでいろよ」

月詠(か、カッコいい…)

その日、月詠は落ちてしまった。恋と言う名の深い沼に。

まるで、ジェットコースターみたいな急展開。
去っていく輝都の後ろ姿を月詠は、ただただ見送ることしかできなかった。