【離婚には応じますので生きて帰ってきてください】

 戦争が今日終わるらしい、という噂が前線基地にも流れて変に間延びした空気になっていたある日、その手紙はバーナードの手元に届いた。

「お、愛妻からの手紙か?」

 どうにかこうにか一緒に生き延びたコンラッドが、バーナードの手元をのぞきこんで冷やかしてくる。
 周りの顔ぶれはずいぶん変わり、目減りしていた。

 バーナードは、いつも通り軽口を叩いて「愛したつもりはないが?」と返そうとしたが、どうしてもうまくいかない。深い溜め息をつき、すす汚れで真っ黒の手で顔を覆った。

「どうした?」

 いまにも冷やかそうとしている口ぶりのコンラッドに重ねて尋ねられ、バーナードは指の間から青い空を仰いだ。

「どうも感傷的になっているようだ。俺は戦争に来る前にこのひとと結婚し、子どもに恵まれ、その二人の元に帰るために今まで必死に生きてきたような気がする」

「どういう妄想だよ。会ったこともない相手だろ……」

 笑いながら茶化したコンラッドだが、からかいきれずに途中で口をつぐむ。
 声もなく、バーナードが泣いていたからだ。
 静かに涙を流しつつ、バーナードが呟いた。

「帰ったら離婚だ……。せっかく生き延びたのに」
「は?」

 コンラッドはバーナードの手から手紙を受け取り、短い一文に視線をすべらせる。
 しばし無言で考え込んでから、ぼそりと言った。

「お前さ、彼女からもらった手紙後生大事に持っていたよな」

「ペラ紙一枚だからな。他に読むものもないし、時間をつぶす物もないし、何度か読んだ。というか、毎日読んでいた。何を考えてこんなそっけない文章書いたんだ、どんな女だよって思いながら」

「それさ、もう愛だよな」

「それなのに、俺は離婚される……。彼女の中ではどうでもいい存在だったんだ」

「会ったこともないからだろ? 会えばうまくいくかもしれないぜ?」

 バーナードが考えるに、童顔の自分よりも苦み走った美形のコンラッドの方が男前である。 
 顔も知らない夫が帰ってくるなら、絶対にコンラッドの方が嬉しいはずだ。
 思い余って言ってしまった。

「チェリーさんを頼んだ」
「頼まれねえよ。俺は故郷に恋人残してきてんだ、お前とは違う」
「俺の場合は妻だが?」
「なんでいまマウントとった? おう、やんのか?」

 じゃれあっているうちに喧嘩になり、喧嘩している間に戦争が終わった。
 二人は戦場で別れ、それぞれの帰る場所へと帰ることになった。


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