戦地から手紙が届くのはある種の奇跡でもあって、まず、手紙を書くひとが生きていなければならない。
 さらに言えば、手紙を持った支援部隊が無事に後方まで届けてくれる必要がある。
 緊急性がないので、そこから実際の受取人の手元に届くまで順番待ちとなり、ようやく届いた頃にはかなりの時間が経っていることもある。
 つまり、そのときにはもう差出人は生きていないかもしれないのだ。

【生きて帰っても良いのか?】

(バーナードさん、この結婚が遺族年金目当てと気づきましたね……)

 いかにも安定していない場所で書いたとみられる走り書きを目にして、チェリーは彼の内心を察した。
 律儀に仕送りを絶やさない子爵家の嫡男様である。
 自分が生きているよりも死んだ方が価値があると、冷静に判断したのだろう。

 それはチェリーもわかるのだが、巷では戦争が勝利で幕を閉じるだろうという噂が流れ始めていた。
 全面勝利というよりは、痛み分けで少しばかり有利な条約を結べる見通しが立った程度とのことだが、未来は一応明るい。

 それでも、不景気の世の中で遺族年金があてにしているほど入るとは限らない。
 であれば、いっそバーナードには生きて帰ってきて、当主としてしっかりこの先数十年でも働いてもらった方が、キャロライナやノエルの生活は安泰だとチェリーは思うのだ。

 当然、バーナードにも考えることや好みの問題もあるだろうから、チェリーは彼が帰ってきたら離婚に応じるつもりでいる。
 ノエルの行く末は気になるが、奥方もキャロライナもそれこそデレデレに可愛がっているので、チェリーが出ていくことになってもいきなり追い出されることはないだろう。

 もしバーナードが新しい妻を迎え、そこに子どもができたときにノエルが邪魔になるなら、チェリーが引き取るのはやぶさかではない。
 そうだとすれば近くには住んでいたい。
 できれば、このお屋敷の掃除と家庭菜園の世話を続けたいので、使用人としてこのまま置いてくれたらと思う。
 バーナードが結婚しても、もとから自分と彼は書類上の夫婦なので、新しい妻との間で謎の三角関係なども生まれないはずなのだ。

 チェリーは菜園でいくつも芋を掘り起こし、次の種芋と食用に振り分けながら手紙の返事を考え続けた。
 忙しい彼が戦地でなるべく手っ取り早く読めるように、簡潔な文章でなければ。
 夜に皆が寝静まってから、窓際で星明かりを頼りに手紙をしたためる。

「遺族年金をあてにしているわけではない、死ぬ必要はないってお伝えしないと。戦争が勝利で終わりそうなときに、死に場所を探しに行ったら困るわ」

 手紙を出した後になって、好きな食べ物を聞き忘れたことに気付いた。
 奥方とキャロライナに確認したところ、ミンスパイということだった。
 
 それならば、彼が帰ってきたときにとにかく作ってあげよう、と思った。たくさん食べてくれたらいいのに。
 離婚前提の妻だが、そのくらいはしてもいいはずだ。


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