初恋は苦くて甘いカフェオレの味



「お見送りありがとう。じゃあまた明日」


結局家の前まで送ってくれた。
及川くんに微笑んで、小さく手を振った。


「おい」


呼び止められるのも、これで2回目。


今度はなんだろうと思って振り返ると、なぜか両頬を手でつままれた。


そのままびよーんと伸ばされる。


「あの、いひゃいんれすけろ…」


「……お前さ、俺以外のやつにもそうやって笑うのかよ」


な、何のこと?







俺以外とか、笑うとか、よくわかんないことばっか言ってて、私は小さく首を傾げた。


「ふっ。おもしれー顔」


…あ、また笑った。


ほんとに少しだけど、口角が上がった。


胸が、なぜかあったかくなる。


指を離されて、私はじんじん痛むほっぺを抑えた。


「ちょっと、あのままほっぺ伸びちゃったらどうすんの!」


「面白い顔がもっと面白くなるだけだろ」






「はいはい、失礼なことばっか言ってないで早く帰りなよ。マスター心配するよ?」


「さっきのクッキー、また作れ。じゃあな、花坂」


「…え」


心臓が、ドキッと鳴る。


及川くんが、初めて私の名前を呼んだ。



今日、及川くんと過ごして、いろんな発見をした。


及川くんには表情筋があったこと。


及川くんはちゃんと私の名前を覚えていてくれたこと。


クッキーを意外と気に入ってくれたんじゃないかってこと。



それから、



及川くんといると、なぜか心臓の鼓動がいつもより大きくなること。








今日は朝から雨が降っていて、結局放課後の帰る時間まで降り止むことはなかった。


「じゃ、七瀬また明日ー」


「部活ガンバ!」


昇降口で美花と別れた。


外は割と土砂降りだし、雨の中帰るの嫌だなぁ…


「花坂先輩」


カバンから傘を取り出していると、槙野くんに声をかけられた。


「あ、槙野くん。お疲れ様ー!もう帰るの?」


「そうです。あの、途中まで同じ方向っすよね」





「うん、そうだね」


「一緒に帰りませんか?」


あんまり予想してなかった言葉だったけど…


「いいよ」


別に断る理由もないし、私はそう答えた。


雨の中を、2人で並んで歩く。


「にしても、今日は一日中雨だったねー」


まだまだ止みそうにない曇天の空を見上げる。


「そうですね」


槙野くんって元々物静かな方で、あんまり自分から話したりしないタイプだ。


「次の部活、何作るんだろうね」





「……あの、先輩」


…ん?どうしたんだろう?


「何?」


「先輩って、付き合ってる人とかいるんですか」


ど、どうしたの急に…


「い、いないいない!」


ブンブンと首を振る。


彼氏がいるどころか、私は恋だってまだしたことがない。


「……じゃあ俺が立候補するのってありですか?」


「……え」





すぐ隣の道路を、車が通り過ぎる。


今、槙野くんなんて……


何を言われたか、ちゃんと聞こえた。


聞こえたけど…


「な、何冗談いってんの!」


私は動揺に狩られて、とっさにそう言うしかなかった。


視線が泳いで、定まらない。


「冗談…ですか。…すいません、変なこと言って。なんとなく言ってみただけなんで、忘れてください」


どこか少し寂しそうに、槙野くんは言った。


なんか微妙な空気が流れてて、気まずい。






しばらくお互い何も言わなかったけど…


そんな空気感を取り払うように、槙野くんのスマホの通知音がチャランと鳴った。


「…すいません、少しスーパー寄って良いすか?母親から牛乳頼まれました」


「…あ、うん、もちろん!」


おつかい頼まれたのか…


「この辺のスーパーなら……ほらあそこにあるよ」


私は少し先の反対側にあるスーパーを指差した。


ちょっと小さい店だけど牛乳を買うくらいなら十分だ。






⭐︎
槙野くんが牛乳を探してる間私は邪魔にならないように店の端っこで待機。


まだかなーなんて店内を見渡していると、あれ?と私は気づく。


「マスター!」


思わず呼んじゃった。


向こうもこちらの声に気づいたのか、ちらっと視線を向けてきた。


「あ、花坂さん。今帰り?」


「はい!あの今日お店は?」


「お店は今日はお休み」