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放課後。
今日の部活では、季節の果物を使った、いちごタルトを作ることになった。
部員は3学年全員で20人もいない。
「いちごタルトって初めて作るんですけど、なんかすごく難しそうですよね」
「私だって初めてだし、全然自信ないから安心して!ま、今日はお試しってことだし、失敗してなんぼだって!」
同じグループの葉月先輩といつも通りの会話をしながら、ボウルの中の材料を混ぜる。
活動日は週3回だし、普段はのびのびとしてる部活。
だけど秋の文化祭では作ったケーキやクッキーの販売をするために、大忙しだ。
3年の先輩はその大仕事を終えて引退だから、先輩たちと一緒に部活ができるのもあと数ヶ月だけだ。
「にしても槙野くんって、包丁さばき、プロ並みだよねー」
葉月先輩の声に、私は目の前の後輩、槙野くんを見た。
今まで女子だけだった部活に入った、唯一の男子。
1年生で、まだあどけなさが残っていて可愛い。
先輩たちからは弟のように可愛がられている。
「花坂先輩、どうしたんですか?なんかさっきからぼーっとしてますけど」
槙野くんに言われて、私は「えっ」と声を漏らす。
「…あ…何にもないよ、大丈夫!いや、槙野くんってやっぱり料理上手だなぁって思って」
「……そんなことないっす」
ぼんやりとする私を心配そうに見つめていた槙野くんに笑い返せば、槙野くんの耳が、真っ赤になっている。
照れてるのかな。
こういうところが可愛がられる要素なんだろう。
あ、そういえばあの喫茶店のメニューにタルトってあったっけ?
もしあったら、今度作り方聞いてみようかな…
私はそんなことを考えながら、手を動かしていた。
休日。
私は2度目の、あの喫茶店を訪れていた。
「へぇ、花坂さんってクッキング部なんだ。メインはお菓子作り?」
「そうです。この間初めてタルト作ったんですけど、型から外したらボロボロに崩れちゃって。ケーキは硬くなっちゃうし、もうダメダメで」
私は苦笑いしながら、シフォンケーキを頬張った。
やっぱり、ケーキ最高!
「うーん、タルトは僕も作ったことないからなぁ…。あ、でもケーキなら、雅におまかせだよ。今花坂さんが食べてるのも、実は雅お手製。僕も作ることはあるけど、雅の方が上手なんだ」
「え、そうなんですか!?」
このケーキを、及川くんが…
私はもう一口頬張って…
「やっぱり、おいしぃー!」
ほんとにほっぺが落ちちゃいそうで、私は頬に手を当てた。
「…大げさなんだよ」
私の様子を見ていた及川くんは呆れるように言う。
「ほんとに美味しんだもん。あ、マスター、チーズケーキ1個追加でお願いします!」
「花坂さんは、雅のケーキファン第一号だな。今準備するから待ってねー」
マスターはちらっと及川くんを見て、私に笑いかけた。
そのままカウンターから離れる。
「太るぞ」
「テスト勉強で糖分消費されるからいいんですー」
間近に、嫌な嫌なテストが迫っている。
今日は息抜きってことで。
腕を組んでいた及川くんが、お客さん用のカップとは違うカップにコーヒーを入れはじめた。
多分、自分の飲む分を作っているんだろうけど、砂糖もミルクも何もいれてない、ブラックコーヒー。
苦いものが好きなのかな?
甘いものが大好きな私とは、正反対。
コーヒーを飲む及川くんと一瞬目が合ったけど、すぐに逸らされちゃった。
ちょっぴりだけど、及川くんにドキドキしちゃったのは、気のせい、だったのかな…?
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あっという間にテストが終わって、2週間。
今日、残りのテストと、順位や平均点とかもろもろ書かれたプリントが配られた。
もう、私のテストは平常通りの調子。
「見て美花。全部平均点スレスレだけど、全部ギリ60点超えた!」
全部で9教科あって、どの教科の平均点も55点とかそこらで、私はその平均点プラス数点ぐらいの結果。
まあ、良いか悪いかで聞かれれば、良くはない。
「あんた、何ドヤってんの。2年から超頑張るから大丈夫って、去年自信満々に言ってなかったっけ」
「うっ…ちょっと記憶力が無いせいで、記憶にないような…でもでも、全教科赤点回避!ね、まだ大丈夫でしょ!」
美花ははぁとため息を吐いた。
「そのポジティブ思考、どっから湧いてくるんだか。また怒られるんじゃないの?」
「…まあ」
まあ、それはそうなんですけど…もう、怒られ慣れたといいますか…
多分、というか確実にお母さんの雷は落ちる。
今回、結構頑張ったと思うんだけどな……
とほほ、と私は肩を落とした。
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部活が終わって帰る頃には、外はだいぶ暗くなっていた。
今日はほろ苦いココアクッキーを作ったんだけど、予想以上に時間がかかっちゃって学校で食べてる暇がなかった。
だから今日はお持ち帰り。
いつも通る公園の横に差し掛かった時、ぼんやりと暗闇の中に人影が見えた。
こんな時間に、誰だろう。
公園のバスケットボールコートで、シュート練習してるみたいだった。
綺麗な放物線を描いて、ボールがシュートへと吸い込まれていく。