「ありがとうございます」
 なぜかエマにお礼を言われたので、ミサキも「ありがとう、エマ」と答えた。

 もっとエマと話が出来たらいいのに。
 どうやって言葉を覚えたらいいのだろう。
 王宮の家庭教師マルクは一つずつ物の名前を教えてくれたが結局覚えきれなかった。

「おきる、えっと」
 何時に起きればいい? と聞きたいのにやっぱり言葉が出てこない。
 ミサキが困っていると、エマは手で6を作った。

 6時!

「ありがとう」
 ミサキが微笑むと、エマもうれしそうに笑った。

 エマに部屋まで送ってもらったミサキはまた静かな部屋で一人になった。
 
 ……ナタリー探しているかな。

 昨日の午前中に王宮から勝手に逃げ出し、おじいさんとおばあさんのお店で泊まらせてもらって今朝からこの教会でお世話になっている。
 あの環境がとても恵まれていたと今更気づいても遅い。
 勝手に逃げ出したのだ。

 きっとレオナルドも呆れているだろう。

 カッコいい王子様。
 3週間だけだったけれど、毎日一緒にご飯を食べることができて幸せだった。
 手も握ってくれて、頬にもキスしてくれて。
 本当に夢のような時間だった。

 あーあ、綺麗な彼女がいるって気づかなければよかった。
 庭に行かなければよかった。

 言葉が通じるようになってから、「君は異世界から来たから仕方なく面倒見てあげているだけだよ」って言ってもらったら、彼女がいても「そうだよね」って受け流せたかもしれない。

 一人はダメだ。
 涙を我慢できない。
 ミサキはベッドに小さくうずくまり、泣きながら眠った。