◇
「あーー。畳のにおい、最高ですねぇ」
「……そうね」
「あと俺、こういう和室の丸い窓、すげー好きなんすよ。
こっから見る景色って、なんでこんな魅力あるんやろ」
「確かに、一層素敵に映っているわね。夕日も、雪景色も。
一面の緑でも、勿論映えるでしょうけど」
「あれっすね。激しくエモい」
「便利な言葉ね」
「にしても麗子さん。
こんなええとこ、よう知ってましたね。
……もしかして、誰かと来たことある……とか?」
「あら。リサーチは得意なのよ」
「でもさぁ」
「…………」
「これ、何人部屋なん?」
「……確か、10ね」
「え、修学旅行?俺ら2人ですよね?」
「今の所、宴会の予定は入れられてないの。ごめんなさいね」
「いや、そんなん勝手にいれんといてください。
……なんでこんな無駄に大部屋なんすか」
「決まってるじゃない。
仕切りが欲しかったからよ。
勿論、その分の費用はお支払いしているわ」
「嘘でも『ここしか空いてなかった』とか言うてくださいよ」
「じゃあ『ここしか空いてなかった』の」
「……もう大丈夫です。
一緒に来れただけで幸せって思うことにするんで」
「いつになく振り回してくるのね、今日は」
「誕生日やからね。
麗子さんこそ、いつもに比べて素直ですね」
「誕生日だからね」
「一応の配慮やったんや」
「それで?結局、お腹空いてなかったの?」
「いや、そら空いてますよ。
カニ楽しみすぎて、朝からほぼいれてないのに」
「なら余計に不可解だわ。
先に温泉にしたいの?」
「な、何の話かさっぱり」
「フロントでは、一番早い時間の夕食でって言ってたじゃない。前のめりになって」
「……そうでしたっけ?覚えてないっすねー」
「女将さん、驚いていたわよ。
あんなに、お腹すいたって煩かった人が。
この部屋に入った途端、やっぱり一番遅くしてなんて手のひらを返したから」
「…………」
「1時間も空くけど、どうするの?」
「……………………」
「ねえ、聞いてる?」
「…………俺は瞬時に理解したんすよ」
「また唐突ね」
「夕飯食べる。部屋帰ってくる。
すると既に布団が敷かれている。
そしてあのフスマが閉じられ、俺は独りになる……。
そんな哀しい未来が、この部屋に通された瞬間に」
「賢いわね」
「つまり、夕飯までの時間を延ばせばええんやと」
「……小賢しい、が適切かしら」
「やから、風呂もまだ行きません。
とにかく俺は、今日を終わらせたくないんや」
「馬鹿ね。
仕切ろうと思えば、今からだって……」
「ほんまにやめて」
「……ふふ」
「笑い事ちゃいますよ。
なんなら死活問題っす。腹の虫の」
「良い物あるわよ」
「え!なになに?」
「はい、これ。例のブツ」
「……怪しい取引現場?
かっこいい箱っすね。開けていい?」
「もちろん」
「じゃあ失礼しま…………えっ、なにこれ。すご。
宝石のセット……?」
「凄いでしょう。食べられるのよ、それ」
「……えー!!!もしかしてこれ、チョコ??
すーげぇホンモノみたい。ほんで高そう……。
えーー勿体なくて食べられん」
「今すぐ胃に収めるか、
カビと共にオブジェにするかは任せるわ」
「いただきまーす。……うま!」
「よかったね」
「嬉しい。ありがとうございます。
………………ねえ、麗子さん」
「何?」
「こんなんに拘って、女々しいって言われるかもしらんけど……。
このチョコって……つまり"本命"ですよね?」
「いえ」
「……『イエ』?」
「本命ではないわ」
「………………え」
「本命はこっち」
「……危な。ショックで息止まるとこやった。
え、こっちの箱も?……開けてええの?」
「どうぞ。気に入るか、わからないけど」
「………………わ、紫……ピアス……?
めっちゃ綺麗………………。
…………あれ?コレって、もしかして」
「なんだかわかる?」
「"アメシスト"、ですか?」
「正解。『誠実』が、君にピッタリだと思って。
ストレス緩和や、創造性を高める効果もあるそうよ」
「し、しかもコレ……麗子さんの耳のヤツと同じ形やないですか?」
「それも正解。石違いの同じ物なの。
……探すのを怠ったわけではないのよ。
他も見たけど、このシンプルな一粒が一番良いと思えたから」
「…………」
「あー、そういうの苦手だった?
まあ、カビないオブジェくらいにはなるから……」
「ちょ、まって……トリ……鳥肌が……手、震え…………」
「……何?どういう感情?」
「…………やっぱ、死活問題っす。幸せすぎ」
「あぁ、喜んでたの?紛らわしいわね」
「ちょ、麗子さん。これ俺の耳に付けて。
今自分で付けたら、ブレて確実にケガする」
「……何を言っているの?
落ち着いて後で付ければいいじゃない」
「ムリ。今付けなシヌ」
「……バースデーって、こんな我儘が許される日だったかしら」
「お願い」
「もう。
…………貸して。今付いてるの、外すわよ」
「うん、外して。
もう一生使わんくなるな」
「……極端ね。はい、できたよ」
「似合う?」
「当たり前でしょ。似合うと思って選んだから」
「麗子さん」
「………………それは何?テディベアの真似?」
「ちがう。ハグの構え」
「調子に乗らないで」
「俺、誕生日」
「……………………」
「…………麗子さんって、ちょっと押しに弱いとこありますよね」
「…………そんなこと言うなら、もう離して」
「イヤです。
逆に、あともう一個だけ我儘言うていい?」
「言うだけなら…………あ、なんか嫌な予感がするわ。
やっぱり聞かない」
「その赤いリップ、ちょい落ちても許してくれる?」
「……………………」
「え、まって。俺、めっちゃ緊張してるわ。
はじめてみたいやん」
「……ふ。違うの?」
「……こんなに心臓うるさいのは、はじめてっす」
「……………………」
「……………………」
「……………………あら。
最近買ったこのリップ、落ちにくいみたいね。
他の色も集めようかしら」
「……麗子さん、顔色ひとつ変わらんし。悔しいなぁ」
「ねえ、もう満足でしょ」
「いや…………あー、まあ。
これ以上は大変なことになるからやめとく」
「マテが出来て、良い子ね」
「…………いつかは、ヨシしてくださいね」
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