「あーー。畳のにおい、最高ですねぇ」


「……そうね」


「あと俺、こういう和室の丸い窓、すげー好きなんすよ。
こっから見る景色って、なんでこんな魅力あるんやろ」


「確かに、一層素敵に映っているわね。夕日も、雪景色も。
一面の緑でも、勿論映えるでしょうけど」


「あれっすね。激しくエモい」


「便利な言葉ね」


「にしても麗子さん。
こんなええとこ、よう知ってましたね。
……もしかして、誰かと来たことある……とか?」


「あら。リサーチは得意なのよ」


「でもさぁ」


「…………」


「これ、何人部屋なん?」


「……確か、10ね」


「え、修学旅行?俺ら2人ですよね?」


「今の所、宴会の予定は入れられてないの。ごめんなさいね」


「いや、そんなん勝手にいれんといてください。
……なんでこんな無駄に大部屋なんすか」


「決まってるじゃない。
仕切りが欲しかったからよ。
勿論、その分の費用はお支払いしているわ」


「嘘でも『ここしか空いてなかった』とか言うてくださいよ」


「じゃあ『ここしか空いてなかった』の」


「……もう大丈夫です。
一緒に来れただけで幸せって思うことにするんで」


「いつになく振り回してくるのね、今日は」


「誕生日やからね。
麗子さんこそ、いつもに比べて素直ですね」


「誕生日だからね」


「一応の配慮やったんや」


「それで?結局、お腹空いてなかったの?」


「いや、そら空いてますよ。
カニ楽しみすぎて、朝からほぼいれてないのに」


「なら余計に不可解だわ。
先に温泉にしたいの?」


「な、何の話かさっぱり」


「フロントでは、一番早い時間の夕食でって言ってたじゃない。前のめりになって」


「……そうでしたっけ?覚えてないっすねー」


「女将さん、驚いていたわよ。
あんなに、お腹すいたって煩かった人が。
この部屋に入った途端、やっぱり一番遅くしてなんて手のひらを返したから」


「…………」


「1時間も空くけど、どうするの?」


「……………………」


「ねえ、聞いてる?」


「…………俺は瞬時に理解したんすよ」


「また唐突ね」


「夕飯食べる。部屋帰ってくる。
すると既に布団が敷かれている。
そしてあのフスマが閉じられ、俺は独りになる……。
そんな哀しい未来が、この部屋に通された瞬間に」


「賢いわね」


「つまり、夕飯までの時間を延ばせばええんやと」


「……小賢しい、が適切かしら」


「やから、風呂もまだ行きません。
とにかく俺は、今日を終わらせたくないんや」


「馬鹿ね。
仕切ろうと思えば、今からだって……」


「ほんまにやめて」


「……ふふ」


「笑い事ちゃいますよ。
なんなら死活問題っす。腹の虫の」


「良い物あるわよ」


「え!なになに?」


「はい、これ。例のブツ」


「……怪しい取引現場?
かっこいい箱っすね。開けていい?」


「もちろん」


「じゃあ失礼しま…………えっ、なにこれ。すご。
宝石のセット……?」


「凄いでしょう。食べられるのよ、それ」


「……えー!!!もしかしてこれ、チョコ??
すーげぇホンモノみたい。ほんで高そう……。
えーー勿体なくて食べられん」


「今すぐ胃に収めるか、
カビと共にオブジェにするかは任せるわ」


「いただきまーす。……うま!」


「よかったね」


「嬉しい。ありがとうございます。
………………ねえ、麗子さん」


「何?」


「こんなんに(こだわ)って、女々しいって言われるかもしらんけど……。
このチョコって……つまり"本命"ですよね?」


「いえ」


「……『イエ』?」


「本命ではないわ」


「………………え」


「本命はこっち」


「……危な。ショックで息止まるとこやった。
え、こっちの箱も?……開けてええの?」


「どうぞ。気に入るか、わからないけど」


「………………わ、紫……ピアス……?
めっちゃ綺麗………………。
…………あれ?コレって、もしかして」


「なんだかわかる?」


「"アメシスト"、ですか?」


「正解。『誠実』が、君にピッタリだと思って。
ストレス緩和や、創造性を高める効果もあるそうよ」


「し、しかもコレ……麗子さんの耳のヤツと同じ形やないですか?」


「それも正解。石違いの同じ物なの。
……探すのを怠ったわけではないのよ。
他も見たけど、このシンプルな一粒が一番良いと思えたから」


「…………」


「あー、そういうの苦手だった?
まあ、カビないオブジェくらいにはなるから……」


「ちょ、まって……トリ……鳥肌が……手、震え…………」


「……何?どういう感情?」


「…………やっぱ、死活問題っす。幸せすぎ」


「あぁ、喜んでたの?紛らわしいわね」


「ちょ、麗子さん。これ俺の耳に付けて。
今自分で付けたら、ブレて確実にケガする」


「……何を言っているの?
落ち着いて後で付ければいいじゃない」


「ムリ。今付けなシヌ」


「……バースデーって、こんな我儘が許される日だったかしら」


「お願い」


「もう。
…………貸して。今付いてるの、外すわよ」


「うん、外して。
もう一生使わんくなるな」


「……極端ね。はい、できたよ」


「似合う?」


「当たり前でしょ。似合うと思って選んだから」


「麗子さん」


「………………それは何?テディベアの真似?」


「ちがう。ハグの構え」


「調子に乗らないで」


「俺、誕生日」


「……………………」


「…………麗子さんって、ちょっと押しに弱いとこありますよね」


「…………そんなこと言うなら、もう離して」


「イヤです。
逆に、あともう一個だけ我儘言うていい?」


「言うだけなら…………あ、なんか嫌な予感がするわ。
やっぱり聞かない」


「その赤いリップ、ちょい落ちても許してくれる?」


「……………………」


「え、まって。俺、めっちゃ緊張してるわ。
はじめてみたいやん」


「……ふ。違うの?」


「……こんなに心臓うるさいのは、はじめてっす」


「……………………」


「……………………」


「……………………あら。
最近買ったこのリップ、落ちにくいみたいね。
他の色も集めようかしら」


「……麗子さん、顔色ひとつ変わらんし。悔しいなぁ」


「ねえ、もう満足でしょ」


「いや…………あー、まあ。
これ以上は大変なことになるからやめとく」


「マテが出来て、良い子ね」


「…………いつかは、ヨシしてくださいね」