「急なことで悪いんだけど、合唱祭の伴奏者と指揮者が決まったから聞いて欲しい」
週明けの朝ののショートホームルームで手を挙げた瀬川は、その場で立つと落ち着き払った声でそう言った。
…来た。
教室の一番隅で、そっと続きの言葉を待つ。
指揮者も決まったということは、もう誰かを説得したということだ。
…いったい誰に指揮者を任せたんだろう。
想像してみたけれど、うまく像が浮かばない。
ぼやけるばかりで誰の顔も具体的に浮かばないのは、きっとこの人ならいいなと思える人がいないから。
やっぱり引き受けなければよかったかな、と今更思う。
そっと目を閉じると、去年のことがありありと思い出された。
指揮者が誰であっても気まずいことに変わりはない。
たとえ指揮者を引き受けてくれた人が自分のことを気遣ってくれたって、それはあの瀬川くんに頼まれたからであってその人の意思じゃない。
卑屈な私は、きっと思ってしまう。
そんなの、引き受けてくれた相手にも申し訳なかった。
「まず、申し訳ないけど伴奏は別の人にしてもらうことになった。…この前あんなに盛り上がったのに裏切るようなことになってごめん」
頭を下げる瀬川くんの姿に、教室がざわめく。
なんで彼が謝るの。
裏切るも何も、勝手に寄ってたかって伴奏を押し付けたのは私たちクラスメートの方なのに。