この時期の昼間は、外に立っているだけで汗が吹き出してくる。
 直射日光が私の肌を焦がしていく感覚に不愉快さを感じる。
 今日も行こうか、どうしようか。
 最近は、行く前に今週は行くのやめとこうかな、って三回は考えるようになってしまった。
 別に、約束してるわけじゃないんだし。
 彼は店員さんなんだからね。お客さん一人来ないくらい、なんてことないのよ。
 お客さんなんて、いくらでもいるんだもん。 
 はあ、でも今日は夏休み前の最後の水曜日。
 今日行って、来週からは夏休みだし行かないでこう。うん。そうしよう。
 学校がない日にわざわざ悩んでまで行くところじゃないんだし。
 しばらく会えなくなるんなら今日くらい行ってもいいかな。
 結局今週も行くを選択してしまう私に自分でも呆れる。どんだけ彼に会いたいのよ。
 カランコロンと音を立てて扉を開いた。
 「いらっしゃいませ」
 彼はいつものように微笑む。
 「今週も待ってたよ」
 私が入店してすぐにいつものコーヒーの準備を始めた。
 「私も、楽しみにしてた」
 半分ほんとで半分は嘘。
 彼に悟られないように精一杯の笑顔で返事をした。
 「今日は特段暑いね」
 「ほんと、溶けちゃいそうだったもん」
 店内はクーラーが効いていて、さっきまでの地獄のような熱気にまとわれていた私の体を癒してくれる。
 「てなわけで、今日はなんと」
 「なんと?」
 彼は大きめの器に氷をがらがらと入れると、なみなみと水を注いだ。
 そしてドリップが終わったコーヒーの入った入れ物を手に取った。
 「この中にさっき作った珈琲を入れると…」
 「え、入れていいの」
 コーヒーの入った容器ごと氷水にちゃぷんとつけた。
 「アイスコーヒーの完成」
 そう言うと、彼は慣れた手つきで水滴のついた容器を拭き取り、今日はコーヒーカップじゃなくて透明なグラスにコーヒーを注いだ。
 「へえ。そうやって作るんだね。意外かも」
 「でしょ。さあ、飲んでみて」
 恐る恐る一口飲んでみると、冷たいコーヒーは喉を駆け抜け、心の中まで爽やかさで満たしてくれた。
 「おいしい。するする飲めちゃう」
 豊かな香りはアイスになっても健在で、私の鼻腔からも心を幸せの香りで満たしていく。
 私は、彼の作るコーヒーがどうしようもなく好きらしい。
 こんなの作られたら、また来週も来たくなっちゃうじゃん。
 せっかく幸せだったのに、お店に来る前に悩んでいたことをまた思い出してしまった。
 別にアイスコーヒーなんてどのお店でも出すし、どんなお客さんも頼むものだよ。
 でも、やっぱり私は彼のコーヒーがいい。
 彼は私じゃなくていいのに…。
 そう思うと次第に視界がぼやけ出した。
 頬にすーっと冷たいものが伝い、瞳から涙がこぼれるのを感じた。
 「え!お客さん、どうしたの」
 心配そうな彼の声は耳に届くけど、視界はぼやけたままで彼の表情をはっきりとは見るとこができない。
 そう、いっつもそう。
 彼の本当の表情はいつだってぼやけてる。
 店員さんと言う名の仮面の彼しか見えない。
 「もう、辛いよ…」
 とめどなくあふれる涙を誰か止めてよ。
 その時、突然目の前が暗くなった。
 彼に抱きしめられてるとわかるまで、少し時間がかかった。
 そして、頭をぽんぽんと優しく撫でてくれている。彼の体温が手のひらから伝わってきて、少しずつ冷静さを取り戻していく。
 「辛いね、辛いときは泣いていいんだよ」
 彼は理由も聞かずに、静かに私の頭を撫で続けた。
 このまま時が止まってしまえばいいのに。
 時計の音だけが、静寂の中に響き続けていた。