今日もコーヒーを手際よく淹れてくれる彼。優雅な手つきでそれでいて無駄がなく効率良く作業を進める姿は、いつ見ても感心しちゃう。
そんな彼を見つめながら、私たちは他愛のない話をしている。
「今日テストだったんですよ。疲れたぁ」
「それはお疲れ様でした。じゃあ特別に…」
不意に彼の視線が私から離れた。
「いらっしゃいませ」
と彼が言ったので後ろを振り返ると、優しそうなおばさまが二人入店してくるところだった。
二人も常連さんなのか、入ってすぐ窓際の四人がけのテーブル席に迷うことなく腰掛けた。
「今日もかっこいいわねぇ。目の保養だわぁ」
「ほんとねぇ。ありがたいわぁ」
二人ともにこにこしながら彼をじっくりと堪能している。
幾つになっても女の子はかっこいい人を見ていると幸せになるもんなんだなぁ。
「やめてくださいよ」
そういいつつも彼は嬉しそう。
あれ、おかしいな。なんか心がもやもやする。
他の人にもそんなふうに楽しそうにするんだ。
いらっしゃいませ、って美しく微笑むんだ。
そう思うと、もやもやは止まらなくなる。
でもそうだよ、彼はあくまでもこのお店の店員さんなんだもんね。
他のお客さんだって来るに決まってるし、私に向けてくれる笑顔は当たり前のように他の人にも振りまいてるに決まってるんだよ。
いつも貸し切り状態だからあんまり意識してこなかったけど、改めてその事実を突きつけられた。
私の話を楽しそうに聞いてくれるなんて、当たり前のことなんだよ。
別に特別でもなんでもない。
私たちは、どう頑張っても店員さんとお客さんの関係なんだもの…。
「さん、お客さん」
彼の声にはっとして顔を上げると、心配そうにこちらをのぞき込んでいた。
いつの間にかおばさま達は大きな声でお互い楽しそうに会話を始めていた。
「大丈夫ですか。そんなにテストで疲れちゃったんですか」
「すいません、大丈夫です。ちょっと考え事してただけなので」
「そうですか、それにしては元気ないですよね」
あなたのせいよ、なんて言えない。彼はただ接客してるだけなんだから何も悪くないし。
それでも心配そうにじっと見つめ続けてくる彼を誤魔化せそうにない。
毎週会ってるだけあって、お見通しって感じ。
仕方ない。
「そうですよ。ほんとは疲れすぎてもうしんどいです。久しぶりのテストで神経削られちゃいました」
私は困ったように眉を少し下げて大げさにため息をついてみせた。
疲れているのは事実だし、これで彼も納得したみたい。
「やっぱり。じゃあこんなところに居ないで早く帰りましょう、とは言いたくないので」
彼はそう言うとにやりと笑った。
「頑張ったお客さんに、特別サービスです」
彼はカウンターの下から目の前にいつものコーヒーと小さなショートケーキを取り出した。
四角くて真っ白なケーキの上にはみずみずしくて真っ赤ないちごがちょこんと乗っている。
「美味しそう!いいんですか?」
彼は身を乗り出して、私の左耳に顔を近づけて、私の耳元で囁いた。
「他のお客さんには内緒ですよ」
小さくても鼓膜を揺らす彼の声は心地良い。
微かに彼の息がかかるほどの距離感。こんなのどきどきしないわけないじゃん。顔がかっと熱を帯びたのを感じる。
「あ、ありがとうございます」
彼は体制を元に戻すと、ふっと笑った。
「顔真っ赤」
「からかわないで下さい」
ほんとに誰のせいだと思ってるの。落ち込んだりどきどきしたりで感情が振り回されっぱなし。
照れ隠しにケーキを一口食べると、クリームの甘さが口いっぱいに広がって幸せな気持ちになった。
私ってば、単純なんだから。
「元気出たみたいでよかった」
心の底から喜んでいるかのような満面の笑みをして彼は言った。
そんな笑顔されたら、誤解しちゃうじゃん。
それに突然敬語じゃなくなった彼の語尾に気づいて、距離が縮まったのかもって勘違いしそうになる。
ああ、もう考えるのやめやめ。
また彼を心配させたくもなくて必死にショートケーキの味に集中して食べ進めた。
合間にコーヒーを一口飲むと、いつもよりも苦味が強く感じた。
「ねえ、クリームついてる」
「え、どこ」
ここ、と彼は自分の口角を指差して言った。
「あれ、ついてないみたい」
「逆だよ」
そう言うと、彼は私の頬に右手を伸ばし、細い指で私のクリームを取ると、ぺろっと舐めた。
「ちょ、ちょっと」
微妙に違うのかもしれないけど、ほぼ間接キスじゃん。
また顔が赤くなってしまっているのがわかって、彼から目を逸らした。
彼はお客さんとの距離感がどうかしてるよ。
あの二人はテーブル席だしお客さん同士で話しているから、そんなことないのかもしれないけど、カウンターに座るお客さんなんて他にもきっとたくさんいるでしょ。
彼は他の子にもこんなことしてるわけなの。
もう、辛い。
ときめきと苦しみが同時に襲ってきてもう訳わかんないよ。
「おいしいね、これ。」
「おいしいね、じゃないよ、もう」
彼は私が怒ってるように見えたらしく、慌てた素振りを見せた。
「や、お客さんがあまりにもおいしそうに食べてるからつい」
つい、でそんなことしないで。
心の中で呟くだけで、彼に届かない言葉ばかりが溜まって胸が苦しい。
その苦しみを押し流すようにコーヒーをもう一口飲むと、さっきよりもさらに苦味が増したように感じた。
そんな彼を見つめながら、私たちは他愛のない話をしている。
「今日テストだったんですよ。疲れたぁ」
「それはお疲れ様でした。じゃあ特別に…」
不意に彼の視線が私から離れた。
「いらっしゃいませ」
と彼が言ったので後ろを振り返ると、優しそうなおばさまが二人入店してくるところだった。
二人も常連さんなのか、入ってすぐ窓際の四人がけのテーブル席に迷うことなく腰掛けた。
「今日もかっこいいわねぇ。目の保養だわぁ」
「ほんとねぇ。ありがたいわぁ」
二人ともにこにこしながら彼をじっくりと堪能している。
幾つになっても女の子はかっこいい人を見ていると幸せになるもんなんだなぁ。
「やめてくださいよ」
そういいつつも彼は嬉しそう。
あれ、おかしいな。なんか心がもやもやする。
他の人にもそんなふうに楽しそうにするんだ。
いらっしゃいませ、って美しく微笑むんだ。
そう思うと、もやもやは止まらなくなる。
でもそうだよ、彼はあくまでもこのお店の店員さんなんだもんね。
他のお客さんだって来るに決まってるし、私に向けてくれる笑顔は当たり前のように他の人にも振りまいてるに決まってるんだよ。
いつも貸し切り状態だからあんまり意識してこなかったけど、改めてその事実を突きつけられた。
私の話を楽しそうに聞いてくれるなんて、当たり前のことなんだよ。
別に特別でもなんでもない。
私たちは、どう頑張っても店員さんとお客さんの関係なんだもの…。
「さん、お客さん」
彼の声にはっとして顔を上げると、心配そうにこちらをのぞき込んでいた。
いつの間にかおばさま達は大きな声でお互い楽しそうに会話を始めていた。
「大丈夫ですか。そんなにテストで疲れちゃったんですか」
「すいません、大丈夫です。ちょっと考え事してただけなので」
「そうですか、それにしては元気ないですよね」
あなたのせいよ、なんて言えない。彼はただ接客してるだけなんだから何も悪くないし。
それでも心配そうにじっと見つめ続けてくる彼を誤魔化せそうにない。
毎週会ってるだけあって、お見通しって感じ。
仕方ない。
「そうですよ。ほんとは疲れすぎてもうしんどいです。久しぶりのテストで神経削られちゃいました」
私は困ったように眉を少し下げて大げさにため息をついてみせた。
疲れているのは事実だし、これで彼も納得したみたい。
「やっぱり。じゃあこんなところに居ないで早く帰りましょう、とは言いたくないので」
彼はそう言うとにやりと笑った。
「頑張ったお客さんに、特別サービスです」
彼はカウンターの下から目の前にいつものコーヒーと小さなショートケーキを取り出した。
四角くて真っ白なケーキの上にはみずみずしくて真っ赤ないちごがちょこんと乗っている。
「美味しそう!いいんですか?」
彼は身を乗り出して、私の左耳に顔を近づけて、私の耳元で囁いた。
「他のお客さんには内緒ですよ」
小さくても鼓膜を揺らす彼の声は心地良い。
微かに彼の息がかかるほどの距離感。こんなのどきどきしないわけないじゃん。顔がかっと熱を帯びたのを感じる。
「あ、ありがとうございます」
彼は体制を元に戻すと、ふっと笑った。
「顔真っ赤」
「からかわないで下さい」
ほんとに誰のせいだと思ってるの。落ち込んだりどきどきしたりで感情が振り回されっぱなし。
照れ隠しにケーキを一口食べると、クリームの甘さが口いっぱいに広がって幸せな気持ちになった。
私ってば、単純なんだから。
「元気出たみたいでよかった」
心の底から喜んでいるかのような満面の笑みをして彼は言った。
そんな笑顔されたら、誤解しちゃうじゃん。
それに突然敬語じゃなくなった彼の語尾に気づいて、距離が縮まったのかもって勘違いしそうになる。
ああ、もう考えるのやめやめ。
また彼を心配させたくもなくて必死にショートケーキの味に集中して食べ進めた。
合間にコーヒーを一口飲むと、いつもよりも苦味が強く感じた。
「ねえ、クリームついてる」
「え、どこ」
ここ、と彼は自分の口角を指差して言った。
「あれ、ついてないみたい」
「逆だよ」
そう言うと、彼は私の頬に右手を伸ばし、細い指で私のクリームを取ると、ぺろっと舐めた。
「ちょ、ちょっと」
微妙に違うのかもしれないけど、ほぼ間接キスじゃん。
また顔が赤くなってしまっているのがわかって、彼から目を逸らした。
彼はお客さんとの距離感がどうかしてるよ。
あの二人はテーブル席だしお客さん同士で話しているから、そんなことないのかもしれないけど、カウンターに座るお客さんなんて他にもきっとたくさんいるでしょ。
彼は他の子にもこんなことしてるわけなの。
もう、辛い。
ときめきと苦しみが同時に襲ってきてもう訳わかんないよ。
「おいしいね、これ。」
「おいしいね、じゃないよ、もう」
彼は私が怒ってるように見えたらしく、慌てた素振りを見せた。
「や、お客さんがあまりにもおいしそうに食べてるからつい」
つい、でそんなことしないで。
心の中で呟くだけで、彼に届かない言葉ばかりが溜まって胸が苦しい。
その苦しみを押し流すようにコーヒーをもう一口飲むと、さっきよりもさらに苦味が増したように感じた。