「……申し訳ございません」
 リナリアはこげ茶色の髪を垂らして頭を下げた。

 ――お養父《とう》さま。私は二次審査直前に毒を飲まされ、棄権せざるを得なかったのです――

 などと、弁解したところで意味がないことはわかっている。
 リナリアが何を言おうと、王子妃になれなかった現実こそが全てだ。

「養子縁組は解消した。私にとってお前はもはや娘でも何でもない、赤の他人だ。荷物をまとめて今日中に出て行け。いますぐに叩き出さないことを最後の慈悲と思うんだな」
「……はい。一年間、お世話になりました」
 これが最後の挨拶になる。
 せめて最高の挨拶をしようと、リナリアは背中を伸ばしたまま左足を斜め後ろに引き、右足の膝を曲げた。

 これまでで最も美しいカーテシーが出来たと思ったのだが、チェルミット男爵は書類にサインをしているだけ。

 既に彼にとってリナリアは見えない、いない者となってしまったのだろう。

 リナリアは意気消沈して執務室を出た。
 赤い絨毯の敷かれた廊下を歩き、とぼとぼと自分の部屋に向かう。