リナリアの対面に座る体格の良い中年男性からは異臭がするし――誰も口には出さなかったが、窓が全開なのは男の体臭を外に逃がすためだ――男の隣に座る老婆は疲れ切った様子で俯いている。

 リナリアの対角線上に座る女性は目深にフードを被り、一言も喋らない。

「我慢してちょうだい。お尻が痛いのはみんな一緒よ」
「もうやだ、やだやだ、降りる!! おーろーしーてー!!」
「うるせえぞガキ!!」
 長時間馬車に揺られ、ただでさえ苛々していたところに子どもの甲高い声が止めを刺す形になったらしく、中年男性が子どもを怒鳴りつけた。

 大柄な男性に怒鳴られた子どもがびくっと身体を震わせ、母親の腕に縋りつく。
 みるみるうちにその目に涙が溜まり、子どもは大声で泣きだした。

「だからうるせえって言ってんだろうが!! おい、お前!! 母親なら黙らせろよ!!」
「申し訳ありませんっ。ダニー、良い子だから泣き止んでちょうだい。ほら、お菓子をあげるから――」
 母親が急いで手荷物から焼き菓子を取り出したが、男の子は焼き菓子を掴んで放り投げた。
 宙を舞った焼き菓子は馬車の壁にぶつかり、座席に落ちて砕ける。