家に結婚適齢期の娘がいなければ親戚や遠縁、果ては貧民街や他国に赴いてまでも素質のある美しい娘を探し出して養女にした。

 チェルミット男爵の場合は『結婚適齢期の娘ヴィオラがいるのだが、彼女は酷い音痴で声質も悪い』ため、歌が上手だったリナリアを孤児院から引き取った。

 男爵の期待に応えるべくリナリアは努力した。

 言葉遣い、姿勢、礼儀作法。
 この国の文化、歴史、王侯貴族の名前やそれぞれの関係性、各領主が統治している領地の状況――

 怒涛のような情報を毎日必死で頭に流し込んだ。
 マナー講師には『姿勢が悪い!』と鞭で叩かれた。

 そして、男爵の娘ヴィオラと男爵の妻パンジーからは当然のように虐げられた。

 彼女たちにしてみれば、見知らぬ平民がある日いきなり養女として家に上がり込んできた挙句、実の娘ヴィオラを差し置いて王子妃になるための教育を施されているのだ。

 これが愉快なはずもない。

 理不尽な仕打ちに耐えながら、リナリアは歌のレッスンも頑張った。
 肝心の歌が下手であれば、どんなに知識と教養を身に着けたところで全くの無駄になる。

 だから、朝も昼も歌った。
 みなが寝静まった夜には、こっそり屋敷を抜け出して裏手の森で歌った。
 喉を痛めつけ、医者から制止されるほどに歌い続けた。