「ニーナが俺に対してその衝動が起こらないのは悲しいけれど……仕方ないよな。ニーナは吸血鬼の血が薄まっているし、そもそも俺のことなんて別に好きじゃないだろうし」

 フッと悲しげに微笑むイオ様。そんな、私だってイオ様のことを……そう言いかけて、ふと重大なことに気が付く。

「あの、イオ様、実は、イオ様とこうして隣同士でソファに座っているとイオ様からとてもいい香りがするんです。それに、その、先程イオ様が首筋を見せてくださったときに、ついかぶりつきたいなどと思ってしまって……今まで誰かにそんなことを思ったことがなかったのですが、これってつまり……」

 そっとイオ様をうかがうように見ると、イオ様はとても驚いた表情をして、その顔はどんどんと赤くなっていく。

「私も、実ははじめてイオ様にお会いした時に、どうして婚約者がイオ様ではないのかとがっかりしたのです。でも、そんなことを思ってはいけないと、その思いはずっと隠してきました。でも、イオ様が私のことをずっと好きでいてくださったと聞いて、とても嬉しくて」

 そこまで言うと、イオ様は突然私の両肩をぐっと掴み、顔をのぞき込んできた!ち、近い!国宝級のイケメンの顔が!目の前に!

「本当に?ニーナもあの時から俺のことを思ってくれていたのか?」

 そう聞かれ、ゆっくりとうなずくとイオ様は私を抱きしめた。一見細身なのに、とても男らしくてしっかりした体つき……。自分の鼓動が速すぎてうるさいし恥ずかしいと思っていたら、イオ様の鼓動もとても速い!

「嬉しい、とても嬉しい。ずっと片思いだと思ってた。それでも婚約者にすれば、いつか俺のことをみてくれるんじゃないかって思ってたけど、そっか。両想いだったのか」

 イオ様は私を抱きしめながらくっくっくっと嬉しそうに笑っている。そして静かに体を離して、私の顔をじっと見つめた。

「血を、吸ってもいいか?」

 その瞳の奥にはとても熱いものが揺れているようで、思わず吸い込まれて溶けてしまいそう。

「お好きなだけ、どうぞ」

 そう答えると、イオ様はごくり、と喉を鳴らして私の首筋に歯を当てる。一瞬だけピリッとした痛みを感じ体が震えたけれど、それはすぐに心地よい快感に変わっていった。頭の中がふわふわとして体は暖かく、視界もぼんやりとしている。

 どのくらい吸われていたのだろう、実際はそんなに長くはなかったと思うのだけれど、とにかく頭がふわふわしていて体感時間はとても長く感じられた。
 首筋からイオ様の口が離れ、舌でペロリ、と舐められる。思わず身震いすると、イオ様が心配そうに声をかけてくれた。

「ニーナ、大丈夫か?」

 そう言って私の顔を覗き込んだイオ様は、ハッとして次第に顔を赤らめ、何とも言えないような複雑な顔をしている。一体、どうしたんだろう?

「そんな顔されたら、別な意味でも君を食べたくなるだろ」
「……え?」

 まだぼうっとしていて、イオ様の言っている意味が良くわからない。イオ様はしずかにため息をつき、頭をブンブンと振っている。そうして、そっと優しく私を抱きしめた。

「血を吸う前に、先にこっちを聞くべきだった。……俺と結婚してくれますか」
「……もちろんです」

 私の返事に、イオ様が私を抱きしめる力がほんの少し強くなった気がした。



◆◇


「そういえば、出会ってすぐの頃は敬語じゃなかったよな」
「え、えぇ~と、あの頃はまだ幼かったので……!第四王子にため口だなんて、今は無理です」
「夫婦になるんだからいいだろ。あと、様もなしな」
「えっ……、ぜ、善処します」