その少女に出会ったのは、九歳くらいの頃だったろうか。その日はケインの婚約者との顔合わせのお茶会だったが、始まる前から俺は居心地が悪くて庭園の外れに隠れて時間をつぶしていた。
 兄弟の中で俺だけが異母兄弟で、しかも俺は四番目。大人たちからは少し距離を置かれていたように思う。兄たちは優しく接してくれていたが、大人たちの言う陰口を聞いていると、兄たちのことでさえ本気で信用することができなかった。

「あ……れ?あなた、ここで何をしているの?」

 庭園の外れで一人うずくまっていると、見知らぬ少女がひょっこりと顔をのぞかせた。歳は同じくらいに見える。大きなリボンと白いレースのついたふんわりとしたAラインの紺色のドレスに身を包み、陶器のような真っ白い肌、真っ黒で艶のある長い髪の毛を風になびかせ、瞳は鮮血のように真っ赤だ。その瞳を見たとき、なぜか純粋に綺麗だなと思った。

「……かくれんぼ」
「かくれんぼ!いいなぁ、楽しそう」

 俺の隣に座りこみ、うふふ、と嬉しそうに笑う。突然やってきてこいつは一体なんなんだろうか、と冷ややかな視線を向けるが、少女は気にしていないようだ。

「嘘だよ、かくれんぼなんかしてない。みんな僕のことなんかいらない子だって思っているから、みんなの前からいなくなってるだけ」
「あなた、いらない子なの?なぜ?」

 きょとんとした顔でこちらを見る。めんどくさいな、と思いながらも理由を言うと、その子は目を丸くした。

「そっかぁ。私もね、実は他の子たちから気持ちの悪い子って言われてるの」

 ほら!と口をニッとして歯を見せてくる。その歯は一部が少し尖っている。まるで吸血鬼だ。そういえば、この国には吸血鬼の血筋をひく伯爵家があると聞いたことがある。
 遠い昔、国が窮地に立たされた時、吸血鬼が国に手を貸したという。難を逃れた国は、お礼として伯爵家から一人の娘を差し出し吸血鬼とその娘は結婚した。その末裔が現在の吸血鬼伯爵家だと伝わっている。

「私の祖先は吸血鬼だったんだって。だから、学校でみんなが気持ち悪いって、近づかないでって言ってくるの。でもね」

 そう言って空を見上げて嬉しそうに笑う。

「私のこと、こんやくしゃにしてくれるって。今日、その人に会いに来たの。こんな私のことをこんやくしゃにしてくれるんだもの、きっと素敵な人にちがいないわ!だから、私、その人にふさわしいご令嬢になるためにこれからがんばろうと思うの」

 えへへ、と嬉しそうに笑うその子の笑顔は、太陽の光に照らされて眩しかった。よくわからないけれど、なぜかすごく胸がドキドキする。そうか、この子がケインの……。

「だったら、なんでこんなところにいるのさ。ここは庭園の外れだよ」
「あっ、えっと、私、迷ってしまったみたいで……」

 今度はてへへ、と申し訳なさそうに笑う。全く、顔合わせの日に庭園内で迷うだなんて。

「ついてきなよ。案内してあげる」

 そう言って手を差し出すと、その子は少し顔を赤らめて手をつないだ。

「もしかして、あなたが私のこんやくしゃ?」
「違うよ、君のこんやくしゃは、僕の兄」
「そっかぁ、違うんだ……でも、だったら、私たちいつかは姉弟になるのね!嬉しい、よろしくね」

 少し残念そうだったが、すぐにふわっと嬉しそうに笑ってそう言うその子に、当時の俺は照れてしまって何も言えなかった。思えば、きっとあの時から好きになっていたんだと思う。