「佐々木さん、明日のMTGで使うアジェンダ出来てる?」

「佐々木さん、今日中にS社へ提出の資料お願いね。」

「佐々木さん…。」

憧れのIT企業に入社して3年目。
プログラミングの仕事に憧れて入社したのだが、実際は雑用に近い事務仕事ばかりだった。
しかも、その量は目がまわるほど多いのに、頼まれると断れない私は、同僚の仕事まで押し付けられる始末。

「佐々木さん、家が近いからさぁこの仕事もお願いできるかな…私は家が遠いのでもう帰らなくてはならないの…」

「…う…うん…いいよ。」

その同僚が嘘を言っていることは知っている。
彼女は社内の男性と同棲しており、そのマンションは会社のすぐ近くだったはずだ。

当然、残業続きの毎日だ。
大きく息を吐いて自己嫌悪。


そして、もうすぐ日付が変る頃、やっと一段落した仕事。


(もぅ無理だよ…ちょっと休んだら帰ろう…)


ノートパソコンをパチンと音を立て閉じた私は、その上に覆いかぶさるようにうつ伏せた。
目を閉じてほんの少し休むつもりが、睡魔には抗えず眠ってしまったのだ。


*****

ざわざわと話し声が聞こえる。
どれだけ寝てしまったのだろうか、皆がもう出社して来たのか。

私は慌てて目を開ける。


しかし、目に飛び込んで来たのは、私の知っているオフィスではない。
机にうつ伏せていたはずなのに、ふかふかのベッドに寝ていたようだ。

夢の中なのだろうか、目を擦ってもう一度辺りを見渡してみる。

天蓋付の豪華なベッド。
その周りには心配そうに見つめる女性が二人。


しかし、その女性はグレーのドレスに白いエプロン。
オレンジに近いブロンドの髪にとても白い肌。
よく見ると目はぱっちりとお人形のようで瞳も髪の色と同じブロンド。


「あっ…あの…ここはどこですか?」


私が恐るおそるその二人に話し掛けると、二人は驚いたように顔を見合せたと思うと、次の瞬間大きな声をだしたのだ。


「お嬢様!ジュリアお嬢様!お気づきになられたのですね!」

「…ジュリア?誰のこと…」


次の瞬間、私の言葉を遮るようにドアが勢いよく開けられた。
すると父親くらいの年齢と思われる男性が駆け寄り私の手を強く握った。
女性たちの大きな声を聞いて走って来た様子である。


「…心配したぞジュリア…君は3日間も寝たままだったんだ。」


3日間も寝ていたと言われたが何のことかさっぱり分からない。
私は残業に疲れてパソコンの上にうつ伏せたはずだ。


「あの…私は…ええと…どうしてここに居るのでしょうか。」


すると、一瞬沈黙したその男性が私の瞳をのぞきこんだ。


「…可哀そうに…倒れた時に頭を打ったのかも知れないな…君は私の娘でジュリア・ハーベストだよ。外出から戻り玄関でいきなり倒れたと聞いている。それから3日間寝たままだったんだ。私は父親のハンプソン・ハーベストだよ。このワイルドウッド王国で侯爵をしている。何か思い出したことは無いかい…ジュリア。」


何が起こってしまったのか全く分からないが、父親だという男性が言った国名や名前には聞き覚えがある。
そしてジュリア・ハーベストという名前にも…。

しかし、その記憶はすぐに蘇った。


これは、以前に読んだ恋愛ファンタジー小説の主人公ではなだろうか。
だとしたら、このジュリア・ハーベストは夫に裏切られて自殺するのだ。
死んでしまってから、皆がハーベストの人柄や大切さを知り悲しむ内容だった。
小説を読みながら、死んでしまってから言われてもどうしようもないじゃないとブツブツ文句を言ったことも思い出したのだ。