(俺が小説の登場人物であの御令嬢に一目惚れして恋仲になる……?)

 イリウスは呆然としながらエルレアの話を聞いていた。エルレアは生前は聖女で、罪をきせられて処刑される間際に生まれ変われるのなら令嬢になりたいと願ったらここにいた、と。この世界はエルレアが聖女の頃に読んでいた恋愛小説の世界だとも言っていた。

 到底おかしな話なのだがエルレアは本気で言っているようだ。確かに昨日会っている最中にエルレアは一瞬気を失い、それから言動も行動もおかしくなっていた。

(だが、俺があの御令嬢に一目惚れする?ありえない。俺はエルレア一筋なのに)

 メアリという御令嬢を見た時、特になんの感情もわかなかった。それよりもエルレアの体調の方が気がかりで、そればかり気にしていた。

 それに小説の中の人間だと言われても、こうして自分は生きている。心臓は動き血は流れ心が大きく動く。突然そんなこと言われたところではいそうですか、などとなるわけがない。

 エルレアを見ると言い終えた安堵とその後の不安でおろおろとしている。小説にはいない登場人物だと言っていたが、こうして隣にいて手を握っているとその柔らかさと暖かさを感じることができるのだ。本当はこの世界にいない人間などと誰が信じられるだろうか。

「話はわかったよ。信じがたい話ではあるけど、君が嘘をつくような人間じゃないってわかってる」

 イリウスの言葉にエルレアは一瞬驚き、すぐにホッと安心したような嬉しそうな顔をした。

「でも、だからといってここが小説の世界だとか君が本当はいない人間とか、あの御令嬢に僕が一目惚れするとかそんなことは認められない」

 はっきりと言い切るイリウスを、エルレアは動揺した顔で見つめる。そんなエルレアの手をギュッと握ってイリウスは言葉を続けた。

「君の手はこんなにも柔らかく暖かい。ちゃんと血が通っている証拠だ。僕の手の感触もわかるよね?君も僕もこうして生きている」

 イリウスがスリ、と指で手を撫でるとエルレアはビクッと体を震わせた。

「たとえ君の言う小説の世界ではどうであれ、僕はあの御令嬢に一目惚れすることはないよ。僕が好きなのはエルレアだけだから」

 そう言って握っていたエルレアの手に優しく口づける。エルレアの手も顔もどんどん熱くなりエルレアは顔を真っ赤にして手を引こうとするが、イリウスはその手を離そうとはしない。

「こんなにも君のことが好きなのに、それすらも本来は無いとでも?君と僕の今までの思い出も、君は何も覚えていない?」

 イリウスはエメラルドグリーン色の瞳でジッとエルレアを見つめる。射抜かれたようにその瞳から外らせない。イリウスの悲しげな辛そうな表情に、エルレアは胸が張り裂けそうなほど苦しかった。

 今にも泣き出しそうなエルレアを見て、イリウスはそっとエルレアの手を離した。そんなイリウスにエルレアはもっと胸が苦しくなる。

「君はその小説を読んで、どう思ったの?」

 イリウスの問いかけに、エルレアは震えそうになる声を必死にこらえながら静かに口を開いた。