(どうしよう、メアリとイリウス様の接点が無くなってしまったわ)

 帰りの馬車の中でエルレアは慌てていた。イリウスはメアリに一目惚れしていないようだし、次に会う約束もしていない。

「あの、イリウス様、メアリ様のことどう思われました?」
「メアリ……あぁ、ラングレット子爵家の御令嬢のこと?どうって?」
「えっと、すごく可愛いな、とか、一目惚れした、とか……」

 笑顔で言うエルレアの言葉にイリウスはどんどん顔を曇らせる。それもそのはず、婚約者に意気揚々と他の女を見て可愛いと思ったかとか一目惚れしたかとか言われたのだ。

「なんでそんなこと思うんだ。俺はエルレア一筋なんだけどな」

 イリウスは腕を組んで少し怒ったように窓の外を見ている。

(あぁぁごめんなさい!そうじゃないんです、だってイリウス様は……)

 自分ではなくメアリを好きになるはず。そう言えたならどんなに良かっただろう。でも言えるはずもなく、エルレアはうつむいてぎゅっとドレスの裾を握りしめた。
 そんな時、ふとイリウスが口を開く。

「それとも、俺があの御令嬢に一目惚れすれば、君はヤキモチを妬いてくれる?」

 馬車の窓枠に肘をかけ顎に手を添えてフッと寂しげにイリウスが言う。窓の外から漏れ入る月の光に照らされたその表情は美しくも儚く悲しげで、エルレアは胸がギュッと苦しくなった。

「そんな……そんなのはダメです!私が嫉妬していいはずないんです、だってイリウス様はメアリ様と……」

 思わずそう言いかけてエルレアはハッとし、口を両手で覆う。そんなエルレアを見てイリウスは目を見張り、眉間に皺を寄せてエルレアに顔を近づけた。

「俺が、あの御令嬢となんだって?君は一体何を考えているの?」

 イリウスにジッと見つめられその視線に耐えられない。だが馬車の中は密室だ。エルレアはうつむきイリウスの視線をなんとか避ける。

「……屋敷に着いても、君が言ってくれるまで僕は帰らないよ」

 イリウスの言葉にエルレアが顔を上げると、イリウスは寂しげに微笑んでいた。