「これから二人でたくさん日々を過ごしていけばいいだろう?二人の記憶をたくさん作っていくんだ。僕はそうしたい。君と一緒に生きていきたいんだ。エルレアはどう?僕と一緒に生きていきたくはない?」

 イリウスの問いかけに、エルレアの両目からまた涙がポロポロと溢れ出した。

「わ、たしも、イリウス様と一緒に、生きていきたいです。まだ、死にたく、ない……!」

 エルレアの言葉を聞いてイリウスは嬉しそうに微笑み、額を合わせる。

「そう思ってくれて嬉しい。愛してるよ、エルレア」

 そう言ってイリウスは静かにエルレアの唇にキスをする。ゆっくりと唇が離れたその瞬間、エルレアの脳内にイリウスとの記憶が走馬灯のように流れた。それはほんの一瞬のこと、だが鮮明にエルレアの中に刻まれる。

「あっ」

 それはエルレアが瞬きをして一粒の涙がドレスにこぼれ落ちたほんの一瞬のことだった。

「イリウス様、今、イリウス様との今までの記憶が……!」

 頬を赤らめ目を耀かせるエルレアを見てイリウスは驚くが、すぐに嬉しそうに微笑みまたエルレアを抱きしめていた。

「きっと君がここで生きていきたいと願ったからだ。君が君としてここにいるんだよ」
「イリウス様……!」

 体をそっと離し、イリウスはエルレアの顔を覗き込む。エルレアは嬉しそうに微笑み、イリウスも優しく微笑んでまたエルレアに口づけた。今度は深く深く、何度も繰り返し、エルレアもそれに応えた。




 それは神の慈悲なのか気まぐれか、それともエルレアの多次元世界なのか。
 どういうことだったのかは誰にもわからないが、その後エルレアはイリウスと結婚し末永く幸せに暮らした。

 エルレアが聖女としていた世界にあった一冊の恋愛小説は、あったはずの本棚からいつの間にか消え、二度と誰の目にも触れることは無かった。