芝生の庭は露に濡れていた。

 外へ出ると辺りはもう薄青く、夜になる手前の気配がした。

 しゃがんで空き缶のローソクに火を付けると䄭風が言った。



「新田さん、今浮気してるの分かってる?」

「……。」

「分かってるんだね。ちゃんと。もう分かって良い頃だし。」



 䄭風が恋に花火を持たせたので、恋は仕方なく線香花火に火を付けた。


「新田さん、」


 䄭風がわざと言葉を切った。


 
「浮気って地獄に落ちるよ。君はもう落ちてる。僕と地獄に。知ってた?」

「……。」

「かわいそうに、上野は何にも知らないね。愛し合う二人の逢引を。」

「……樋山くん、」



 てのひらの下で花火がシューシュー鳴りながら弾けている。

 恋が言った。



「樋山くんのこともすごく好きなんだ。選べないくらい。」

「なんだ。それが正直な気持ち?ならすぐに付き合ってよ。そうできるでしょう。」

「二股になったら駄目だから、だから……」

「……だから?。」



 䄭風は花火に火を付けながら聞いた。


「上野が邪魔だ。僕は君を放さない。君は僕から逃げられない。もう決まってる。運命だ。」


 それから言った。



「これから沢山の物を見て、経験して、感じる時に、僕を側に置いて欲しい。」

「……。」

「変わらないよ、同じくらい好きなら、どっちと付き合ったって。ねえ、どうして?。」

「ごめんね……」

「待ってるの辛くない。上野と超仲悪いけど。上野と仲が悪いのだって、新田さんのせいなんだ。卑怯。新田さんがここまで来た上でそう言うから、僕は諦められない。」



 星の空を見上げて、䄭風は、きゅっと締め付けられる様な切なさを感じた。



「僕は運命を信じてる。」

「諦めてって言うしか……ごめんね。」



 宵闇に、俯く恋の姿が淡く溶けて、䄭風は、恋がそのまま居なくなってしまう様な錯覚を覚えた。 


(そんな事はさせない。)


 瞬間、䄭風が恋の袖を捕らえた。


「……二股で良いって言ったら?。」


 䄭風が恋を見た。



「君に選べって言わないで、上野の事も嫌いになれって言わない。そうやって僕が言ったら悲しいでしょ。」

「樋山くん」

「それって僕を好きってことだよ。納得いかない。後悔させてやる。僕を選ばないこと。」

「……」

「愛人にして、何なら。」

「……」

「愛人でいいって言ってやる。君が傷つくように。君を傷つけるものが、僕以外であったら許さない。」




 最後の花火が終わった。

 䄭風は恋に、送るために支度するから待ってて、と言った。