「いらっしゃいませ………
って、今日もアナタですか」


「こんばんは。
今日も今日とて寂しい店ね」


「週末は賑わうんですけどねぇ。
アナタがこーへんだけで。
……いつものですか?」


「そう。あの、味のない"ギムレット"」


「そない文句言うなら、
別のんにしはったらどうですか」


「褒めてるのよ。あの丁度良い薄さ。
神がかってるとしか思えない」


「……今度ベース抜いてみたろかな。
はい、どーぞ」


「知ってる?今日でちょうど1年」


「え、うそやん。もうそんな経ちますか」


「記念に、私がこのbarにたどり着いた話でもしようか」


「いや、十分聞いたんでもうええです。
3年付きおうた彼氏に捨てられて、
この街に逃げてきたなんて話」


「そうそう。
でも、どうしたって虚しくて。
酔い潰れるためにドアを開けたのに。
この儚い薄味が、それすらも許してくれなかったの」


「擦りすぎて、なんの記念にもならんな」


「ここに来ると、いつも君が居たわ」


「だから。俺しかおらへんのですって。
ワンオペ店長なんでね。……雇われやけど」


「ほんと、いつまでも洗練されないのね。
普通は『マスター』って言うんじゃないの?」


「俺に似合わんでしょ。そんな小洒落た肩書き」


「で?恋人とはどう?」


「恋人ちゃうって言うてるやないですか。
………まだ」


「諦め悪いね、君も」


「それはアナタでしょ。
いま飲んでるソレ、もはや鎖やん」


「痛いなあ。もうちょっと気遣ったりできない?」


「そんなん求めてないくせに」


「嘘。
本当はわかってるよ。
このグラスに入ってる優しさ」


「………さいですか。
他のん頼む気になったら言うてください。
おすすめは"ブルー・バード"」


「もちろん。そんな日が来たらね」