〇駅前の大通り(放課後)

聖良「……」
仁科「……」
聖良(こんなこと……ある?)

豪雨を浴びながら固まる聖良と仁科。

聖良(今朝のニュースでは、今日は一日中晴れだってお姉さんが話していたと思う。)
(せっかく勇気出したのに……)

周りの人々は鞄を傘代わりにしたり、走ったり、大慌ての様子。
聖良と仁科だけは突っ立ったまま。
ゴロゴロ……ピカッ!!!と大きな雷鳴が轟き、聖良は肩をビクつかせる。

聖良「~っ!」
仁科「……」
聖良(……どうしよう。
私の家はここから電車で一駅のところ。このまま電車に乗るわけにもいかないし、かといってこの雨の中歩いて帰るのは無理……。)
(仁科くんはどうするんだろう?)

聖良がちらりと見上げると、濡れた髪を搔き上げる仁科と目が合う。

聖良「!?」

ドキドキと暴れ出す聖良の心臓。

聖良(水も滴るいい男だ……)
仁科「……速石さん、家近い?」
聖良「い、いや……近くはない、かな」
仁科「じゃあ、うち来る?」
聖良「…………へ?」

思いもよらない言葉に、聖良はフリーズする。

聖良(なんか今、聞き間違い……?)
仁科「うち、すぐそこなんだけど」
聖良「そ、そうなんだ」
仁科「行こ」

仁科は宙ぶらりんになっている聖良の手を取ると、くるりと方向転換する。

聖良「……っ!?」
(なんだこれ、どうなってるんだ…………?)

聖良は仁科の手と繋がっている自分の手をまじまじと見つめる。

聖良(私の脳天にも雷落ちた?バグ?)

仁科に引かれるがままに走る聖良。

聖良(左手が……熱い。火傷しそう)



〇場面展開:仁科のマンション(放課後)

マンションの前で足を止める仁科。

仁科「着いたよ」
聖良「う、うん」

繋がれていた手が放される。

聖良(あ、手……そりゃそうか)

階段を上り部屋に着くと、仁科はガチャリと鍵を開ける。

仁科「入って」
聖良「うん……」

仁科に促された聖良は室内へと入る。
そこには靴1つない、整頓された玄関が広がっている。

聖良(綺麗なおうち……じゃなくて。
もしかしてこれ、とんでもない状況なのでは……?)

聖良は背中でガチャリと鍵が閉められる音を感じる。

聖良(距離、近い……!)

方向転換した仁科の腕が聖良に当たる。

聖良(落ち着け、私……)

こっそり深呼吸をする聖良。

聖良(……ダメだ、苦しい)

静かな室内。
ザーと響く雨の音に隠すように、聖良は心臓をドキドキと鳴らす。

聖良(……っていうか、こんなにずぶ濡れで家に上がったらダメじゃん!)

ハッとした聖良は振り返る。

聖良「仁科くんごめん……!こんなに濡れてるのにお邪魔して、」

仁科に向かって勢いよく頭を下げる聖良。
聖良の頭はぽすっと仁科のお腹に直撃する。

仁科「ぅお」
聖良(ひぃ!何やってんの私!)「ご、ごめ……」

聖良は慌てて顔を上げる。
仁科はふっと笑いを零す。

仁科「……いいよ。俺もずぶ濡れだし、1人でも2人でも変わんないから」
聖良「~っ!」

顔を赤く染める聖良。

仁科「タオル取ってくるから、待ってて」

グイッとネクタイを緩める仁科に、聖良はさらに顔を赤くする。

聖良「あ、は、はい……」(その仕草、鎖骨……反則でしょ!)

聖良は鼻血を抑えるポーズをとる。
仁科くんが部屋へと姿を消すと、へなへな……とその場にしゃがみ込む聖良。

聖良(もう、どうしよ……)

聖良の目に、備え付けのシューズボックスが映る。

聖良(……靴、仁科くんっぽいのしかない)

前を向くと、短い通路とその奥に扉が1つ。通路沿いのキッチン、キッチンに向かい合う扉が目に留まる。

聖良(冷蔵庫も小さい……もしかして仁科くんって、1人暮らし?)
(……待って。それって今この家には、私と仁科くんしかいないってこと……?)

仁科「お待たせ」

仁科の声が落ちてきて、しゃきっと立ち上がる聖良。

聖良「全然待ってない──よ!?!?」

ネクタイを外し、濡れたシャツのボタンを大胆に開け、肩からタオルを掛ける仁科。
あまりの色気に聖良は打ちのめされる。

聖良(ダメ……眩暈するわ…………)
仁科「?」

なにかと戦っているような聖良を、仁科は不思議そうな目で見る。

仁科「これ、使って」

聖良の前に真っ白なバスタオルが差し出される。

聖良「あ、ありがとう……」(ふわっふわだ……!)

聖良は優しく顔と首筋の水滴を拭う。

聖良(メイクが付かないように、慎重に……)

仁科はガシガシと頭を拭きながら聖良を見つめる。

仁科「……」
聖良(……タオル、いい匂いする)
仁科「……」
聖良「……?」

じーっと突き刺さる視線に気付いた聖良の脳内に不安がよぎる。

聖良(私、なんか変……?もしかして普段と全然違うって、引かれてる?
きっともう、メイクもボロボロで、髪もぐちゃぐちゃだ)

結んでいた髪をほどく聖良。

聖良(……カーディガン重いな)

聖良はタオルを片手に、水を含んだカーディガンのボタンに指を掛ける。
ボタンを全部外し終えたところで、仁科が口を開く。

仁科「……ねぇ、それってわざと?」
聖良「?」

言葉の意味が理解できない聖良は、コテンと首を傾げる。
まっすぐに人差し指を伸ばす仁科。
聖良は仁科の指先を辿り目線を下げると、声にならない声をあげた。

聖良「~~~!?!?!?」

聖良の目に映ったのは、濡れてスケスケのワイシャツ。
キャミソールを通り越して、くっきりとブラジャーが見えている。

聖良「こ、これはわざととかじゃなくて、そのっ」

咄嗟にカーディガンで隠す聖良。

聖良(見られた……!よりによって、自分の持たれている”大人っぽい”イメージに合うかなって選んだ、攻めたやつ……!)

仁科は真っ赤な顔で自分を抱きしめる聖良をじーっと見る。

仁科「……」
聖良(仁科くん、変態女って思ったかな。)
(……どうしよう。逃げる……?)
「あの、」

口を開いたものの、濡れたローファーをズルっと滑らした聖良はバランスを崩す。

聖良「……わっ」

そのまま前に倒れた聖良。
気が付けば仁科を組み敷いている。

仁科「…………いてー」
聖良「……っ」

髪から水滴がポタポタと落ちる。
土間には水浸しのローファーが散らばっている。

聖良「あ、の、ごめんなさ……」

仁科と目が合うと、聖良の心臓がドキッと反応する。

聖良(仁科くん、近くで見ても綺麗な顔……じゃなくて!
なんで……こんなことになったんだろう
なんで、なんで……なんで私、仁科くんのこと押し倒してるの──!?)

聖良の頬から零れた水滴が仁科の顔のすぐそばに落ちるが、仁科の表情はなにひとつ変わらない。

聖良(こんなに動揺してるのは……私だけ?
びしょ濡れで、身体は冷えているはずなのに。熱い。ものすごく、熱い)
仁科「……誘ってるの?」
聖良「~っ!?!?」

意地悪に笑う仁科に、聖良は顔を真っ赤に染める。

聖良(誘ってるって……!そういう意味、だよね?
そりゃあ下着見せて、押し倒して……変態みたいなこと、繰り返してしまっているけれど。
決して誘うとか、そういうつもりでやっているわけじゃない……!)

慌てて起き上がる聖良。

聖良「ちがう……!」

続いて仁科も肘をついて上半身を起こす。

仁科「必死だな」
聖良「っ!」
仁科「こっちきて」
聖良「ちょっ……」

立ち上がった仁科は聖良の腕を掴み、引き上げる。
聖良は不可抗力で立ち上がり、仁科に引かれるがままに歩いていく。
仁科がキッチンの向かい側の扉を開けると、洗面所が現れる。

仁科「先シャワー浴びてきて?」
聖良「へ!?」

小首を傾げた仁科に、聖良の目玉は飛び出しそうになる。

聖良(シャ、シャワー!?!?
……落ち着け、聖良。これは決して”そういうこと”をする前の合図的なのでは、ない。ドラマでよく聞くセリフとは、わけがちがう……はずだ)

聖良の頭はぐるぐると回る。

聖良(体を温めるために、シャワーを貸してくれただけ。きっとそれだけだ……)
仁科「着れそうな服、外に置いておくから」

仁科は洗面所から出ると、ピシャリと扉を閉める。

聖良(……ダメダメダメダメ!やっぱりなんか、意識しちゃうよ!!!)

聖良は煩悩を吹き飛ばすように、頭から勢いよくシャワーを浴びる。

聖良(……すっきりした)

シャワーを浴び終え冷静さを取り戻した聖良。
置いてある服に目が留まる。

聖良(用意してくれてる)

聖良はパーカーを手に取ると、頭からかぶる。
ジャージの短パンも履くと、鏡に映る自分と目が合う。

聖良(仁科くんの服、借りちゃった……。
タオルと同じ、柔軟剤の香りがする)

だぼっとしたパーカーの袖を鼻に当てる聖良は、頬を赤くする。
胸がぎゅうっと締め付けられるような感覚に陥る。

聖良(仁科くんが、想像通りの優しい人でよかった)

聖良の頭には先ほどの仁科が思い浮かぶ。

仁科『……誘ってるの?』『必死だな』

聖良(ちょっと意地悪……というか、予想外な一面も見てしまったけど!
顔見知り程度の私なんかを家に上げてくれて、シャワーも服も貸してくれたし……
それに、誰より私が1番わかってる。見た目のイメージ通りの人なんていないって)
「あの……服とかドライヤーとか、ありがと──」

聖良がリビングの扉を押し開けると、上半身が裸の仁科がベッドにもたれて座っているのが目に入る。

聖良「う!?!?!?」(服は!?!?)

勢いよく顔を逸らす聖良。
リラックスモードの仁科はテレビを消すと、聖良を見上げる。

仁科「ドライヤー、強力だったでしょ」
聖良(なんでちょっとドヤ顔なの……っていうか、真っ先に話すこととがドライヤーの話ってなに?)
(なんか仁科くんって、掴みどころがないな)
「強力……でした」
仁科「……じゃあ俺も入ってくるわ」

仁科が立ち上がると、聖良は身長を追い越されてドキッとする。
自分を見下ろす仁科の表情に思わず見惚れる聖良だが、仁科の髪がまだ濡れていることに気が付いてハッとする。

聖良(……待って。)
(雨に打たれてびしょびしょになったのは、仁科くんも同じなのに……シャワーも、ドライヤーも、私が先に使ってどうするの!)

聖良は眉を下げる。

聖良「ご、ごめんなさい……!」(なんで気が付かなかったのバカ……)
仁科「……ん?なにが?」
聖良「先にシャワー借りちゃってごめん。寒かったよね──」

聖良は手を伸ばすと、仁科の頬に触れる。
仁科は目を見開く。

聖良(やっぱり冷えてる……)「はやくシャワーに、」

沈んだ表情の聖良。
頬にあてがわれた聖良の手をぎゅっと握る仁科。

聖良「へ?」

仁科は聖良の手をぐいっと引き寄せる。
聖良は仁科の胸の中にすっぽりと納まる。

聖良(えーっと……何が起きてるの?)

パチパチと瞬きを繰り返す聖良。

仁科「速石さんあったかい」

仁科が聖良の耳元で言うと、聖良の身体は一気に熱くなる。

聖良「あ、の」
仁科「シャワーじゃなくて……速石さんがあっためてよ」

フリーズする聖良の頭に、仁科はぽんっと優しく触れる。
仁科は笑顔で数回ぽんっぽんっと繰り返すと、今度は手を頬へと移動させる。
見つめ合った状態で、聖良の頬には仁科の手が触れている。
静かな空間に、聖良の心臓の音だけが響く。

聖良(……この状況、もしかして)

仁科の顔が徐々に近付いてくるのを感じる聖良。

聖良(私、キスされる!?)「あ、あの……!」

聖良の声に動きを停止させる仁科。

仁科「?」
聖良「えっと、間違ってたらごめんなんだけど、」
仁科「なに?」
聖良「キ、キス……しようとしてるのなら、」
(もし自意識過剰だったら死ねるぐらい恥ずかしいけど、でも、万が一私の勘が当たっているんだとしたら──いろいろと順番違うくない!?)

聖良は前に同級生から相談されたことを思い浮かべる。

聖良(付き合う前にキスしちゃった~とか、そう言った内容の相談には何度か乗ったことがある。)
(その時は何とか適当にはぐらかしていたけれど……内心では、「なんて淫らな……!とかって思っていた。)
(キスは好き同士がする行為だ。少なくとも私は、絶対両想いの人とじゃないとしたくない。)
「そういうのは、ちょっと……」

聖良は一歩下がって、仁科との距離を取る。
仁科の瞳は、怪訝そうな色を浮かべる。

仁科「へー……」
聖良「?」
仁科「恋愛マスターって、意外と慎重なんだ」

仁科の言葉に、聖良の耳はピクリと反応する。

聖良「そのあだ名……っ」(やっぱり仁科くんにも知られてた……!)

聖良はガーンとショックを受ける。

仁科「もしかして、したことない?」

お構いなしの仁科は、意地悪に笑う。

仁科「顔まっか。かわいーね」

仁科は腰を曲げ、聖良と目線を合わせる。
目の前に現れた仁科の顔に、聖良はドキッと心臓を揺らす。

聖良(っていうか、あだ名のこと知っていたのなら……仁科くん、もしかして私のことからかってる?)
(経験豊富なはずの私が慌てた反応ばかりするから……おもしろがってる、とか?)

仁科の余裕たっぷりの表情にいたたまれなくなる聖良。

聖良「お、」
仁科「お?」
聖良「お邪魔しました……っ」

聖良は逃げるように、家を飛び出す。
すっかり雨は上がっている。

聖良(バカバカ自分のバカ……仁科くんも、バカ~!)
仁科「……ふっ。おもしろ」