「シェイラ?」

「思わない、です。私は、ドレージアが好きだから」

 少し震えた語尾に、イーヴが小さく息をのんだ気がした。

「そうか。シェイラがドレージアを気に入ってくれて、良かったよ」

「だから私、ラグノリアに帰りたいと思ったことはないです」

 念押しするように、シェイラは繰り返す。



――ラグノリアに返すなんて言わないで。イーヴのそばに、いさせて。

 その言葉は口にすることができなくて、代わりにシェイラはイーヴのたてがみに顔を埋めた。

 生まれ故郷なのに帰りたくないと思ってしまうのは、ドレージアでの贅沢な暮らしに慣れてしまったからなのだろうか。ラグノリアでのあの生活に戻りたくないと思ってしまう自分の心が、酷く醜いもののような気がしてしまう。

 成人まで育ててもらったはずなのに両親にすら会いたいと思えないなんて、自分はこんなにも冷たい人間だったのだろうか。

 唯一マリエルには会いたいと思うけれど、それでも妹と過ごすよりもイーヴのそばにいたい。

 黙って唇を噛むシェイラの表情は見えていないはずなのに、イーヴが安心させるように笑ったような気がした。

「そうだな、シェイラの居場所はドレージアだから。……俺の花嫁、だからな」

「……うん」

 優しく響くその言葉を噛みしめるようにうなずいて、シェイラは滲んだ涙をこっそりとぬぐった。