広場の中央にある祭壇に向かって、シェイラはうつむきがちに足を進める。一歩踏み出すたびに足首につけられた鈴が小さな音を鳴らし、髪飾りの宝石が触れ合って涼やかな音が響いた。
うしろには、シェイラが身につけた長いベールの裾を持って付き添う神官が二人。だけど、彼らが本当は神官の服を着た騎士であることをシェイラは知っている。
見張りなんてつけなくても逃げるわけないのにと思いながら、鈴の音を響かせてまた一歩前に進む。
普段ほとんど出歩くことがなかったから、この距離を歩くだけでも足が痛い。たっぷりの装飾のせいでいつもよりも重い服も、シェイラの体力を奪っていく。それはもしかしたら、シェイラが逃げ出さないようにするためなのだろうか。
ゆっくりと時間をかけて祭壇にたどり着いたシェイラは、ベールを脱ぐと膝をついた。やっとここまで来た、と思わず小さく安堵のため息が漏れる。
吹きつける風に亜麻色の髪が乱れるのにも構わず、シェイラは祈るように両手を組んで目を伏せた。
「……お姉様」
囁くような声に顔を上げると、目の前にはシェイラと同じ顔をした妹のマリエルが立っていた。
透き通るような青い瞳に涙を溜め、今にも泣き出しそうな顔をする双子の妹を見つめて、シェイラは微かに笑顔を浮かべてみせる。彼女が泣くことではないのに。
マリエルはこの国の聖女だ。周囲を黒い森に囲まれたラグノリア王国は、竜族の加護と聖女の祈りによって守られている。
森の中では至る所で瘴気が発生しており、生身で踏み入ればたちまち動けなくなってしまう。そんな瘴気から国を守っているのが、聖女の祈りによって構築された結界と、空高く翔ける竜による保護魔法。
かつてこの国の民が傷ついた竜を助けたことから、空の上に住む竜族はラグノリアの国土を保護魔法で守ってくれている。そんな竜族との繋がりを断たないためなのか、ラグノリアではおよそ数十年に一度、太陽が大きく翳る年に生まれた双子の姉妹の片方を、竜族に生贄として差し出すことになっている。今回は、それがマリエルとシェイラだった。
太陽の翳る年に生まれた双子の片方には、聖なる力が宿る。竜に祈りを捧げることで結界を創り出すことができ、聖女と呼ばれる。もう片方は、代わりにその身を竜に捧げて生贄となる定めだ。
双子の運命は、生まれたその日から決まっている。
妹のマリエルは、透き通った青い鱗を握りしめて生まれてきた。それは彼女が竜族に認められ、聖女の力を持つという証。
実際マリエルは聖女として日々祈りを捧げ、結界に力を注ぎ、この国を守っている。
だけど、シェイラは何も持って生まれてこなかった。
同じ顔をしているのに、同じ日に生まれた姉妹なのに、二人は全く違う。
聖女の代わりに、同じ顔をした娘が生贄となる。
きっとそれが、シェイラの存在意義。
しばらく黙って見つめ合ったあと、マリエルは迷いを振り払うように小さく首を振って空を見上げた。その表情は先程までとは違って凛としていて、聖女としての威厳を取り戻したように見える。
それでいいと、シェイラも小さくうなずいた。彼女はこれから先も、この国を守っていかなければならないのだ。そのために今日、シェイラは竜に喰われる。
空を見上げたまま、マリエルが手に持った長い杖を数回地面に打ちつけた。竜の鱗を模した青い飾りが揺れて、しゃらん、と透き通った音が響く。
祈りを込めるようにマリエルが杖を高く掲げると、杖自体が青く輝き始めた。青く光る杖を持ちながら、マリエルはくるくると舞い踊る。それは、竜を呼ぶための特別な舞。
マリエルの動きに反応するように杖は輝きを増し、その光はまっすぐに空の上へと向かっていった。
光の行方を追うように顔を上げると、真っ青な空にやがて小さな黒い点が見えた。
爪の先ほどの大きさだったそれは、みるみるうちに大きくなり、竜の姿となる。大きく翼を広げた黒い影を見上げて、シェイラは圧倒されるように口を開いた。
本で読んだり話を聞いたことはあっても、実際に竜を目にするのは初めてだ。シェイラの身体より数倍大きくて、全身は硬そうな鱗で覆われている。陽の光に反射したのか青い鱗が一瞬きらめいて、その美しさにシェイラは目を奪われた。
大きく強く、何より美しい。
あの竜に喰われるのなら悪くないと思いながら、シェイラはまっすぐに竜を見つめる。
くわっと開いた口の中には、鋭利な歯が並んでいる。痛いのは嫌だから丸呑みだといいなと思いながら、シェイラは祈るように握った手に力を込めた。
強く目を閉じたせいか、目蓋の裏に今までの出来事が次々と浮かんでは消える。走馬灯というやつだろうかと思いながら、シェイラは短い人生を振り返った。