伊藤さんはコーヒーを一口飲むと、夜空を見上げた。細い月が昇っている。
 ひっきりなしに走っている車の音に、伊藤さんの穏やかな声が乗る。

「ゆらりちゃんの話を聞いていると、ミナトくんを好きにならないよう、一生懸命にセーブしているように聞こえる。本当は、好きになりたいんじゃない?」
「でも、私……」
「私はゆらりちゃんのこと、可愛いって思うよ。すっごく可愛い。ミナトくんの隣に並ぶの、最高に似合っている。クールな男の子と、ほんわかした女の子。最高の組み合わせじゃん! それにね、ブスって言った女のほうがブス! ミナトくんと付き合って、そのいじめっ子を見返してやって。っていうかね! 学校に乗り込んで、そのいじめっ子に説教してやりたいよ。私のゆらりちゃんをいじめるなって!!」
「ははっ、ありがとうございます」

 伊藤さんの優しさが心に染みて、笑っているのに、涙がふわっと浮いてきてしまった。
 グズグズと鼻を啜る私の頭を、伊藤さんが撫でてくれる。

「あー、可愛い。こんな妹が欲しかったー!!」
「私も、伊藤さんがお姉さんだったら良かったのにって、思います。相談に乗ってくれてありがとうございます。前向きになれました」
「良かった。でもまぁ、自分に自信がないのは私もだけどね。人と比べて、あんな顔になりたかったって、しょっちゅう思っているもん。でも世の中には、たーくさんの人がいるだもん。いろんな顔があっていいと思うんだよね。素材で勝負できる女になる! それが私の目標。ゆらりちゃんもさ、その顔で勝負しなよ。いいとこいける。お姉さんが保証しよう!」
「ありがとうございます」

 言葉って不思議。
 小学生のときに受けた、言葉の呪い──ブス。貧乏。嫌い。見ているだけでイラつく。由良くんにふさわしくない。消えろ!
 すごく、傷ついた。
 けれど今日。言葉によって救われた。力いっぱい励ましてくれた魅音。可愛さレベルが上昇する可能性があると、期待する言葉をくれた店長。その顔で勝負しなよって、背中を押してくれた伊藤さん。

 私は可愛いって胸を張って言うことはまだできないけれど、可愛くなりたいっていう欲がでてきた。
 どんな美人だって、綺麗になる努力をしている。それなのに私はブスだから、貧乏だからって諦めて、磨いてこなかった。
 可愛くなりたい。明るくなりたい。輝きたい。水都と出会った頃の、元気溌剌な私に戻りたい。
 そしてできれば……水都の、好きな相手になりたい。
 そうだ。私は、水都が好き。ずっとずっと、好きだった──……。