入寮日に王太子達を誑かそうとしたとして孤立しているマリナ。もちろんマリナからしたら冤罪にも程があるが、ジュエル王国の未来を担う王太子達を信じる者が大半である。
 楽しい学園生活を諦め、勉強に精を出すことにしたマリナ。その甲斐あって今回優秀なレポートを提出したのだが、それがクラスメイト達の反感を買ってしまったようだ。

 クラスメイトからのわざと聞こえるような悪口、突然複数名の見知らぬ生徒達に囲まれて糾弾、足を引っ掛けられ転ばされる、魔法を使った攻撃。
 ありとあらゆるいじめのテンプレートを受けるようになったマリナ。
 幸い私物は死守しているので金銭的な被害は防げているが、やはり精神的にキツイものがある。
(誰にでも嫉妬はあるけれど、これは流石にやり過ぎではないかしら……)
 マリナは転ばされ、頭上から降ってくる罵り言葉に対して歯を食いしばる。
(王太子殿下の件は完全に冤罪、レポートは私達の努力の結果だというのに……)
 マリナはただひたすら嵐が過ぎ去るのを待つかのようである。


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 無反応を貫き、相手が飽きてようやく自由になったマリナ。
 残り少ない昼休みなので、人気(ひとけ)のない中庭のベンチでお昼のサンドイッチを食べていた。私物は死守していたので、昼食を捨てられたりする被害は未然に防げてはいたのだ。
 そこへアルがやって来る。
 アルの姿はかなりボロボロに見えた。
 彼もマリナと同じようにいじめの標的になっている。
「大丈夫か……?」
 アルは心配そうな表情だ。
「アルこそ……」
 マリナは苦笑する。
「俺は別にあいつらから何されたってどうだっていい」
 フッと笑い、マリナの隣に座るアル。
 強がりではなく本心のようだ。本当に気にしていなさそうである。
「でも本当に私物まで狙われるとはな。マリナが言った通り、自分で管理して正解だ」
 アルは昼食のサンドイッチを取り出し、やれやれと言うかのような表情だ。
「まあ……前世ドラマとかでそういうシーンを見たからね」
 前世を思い出し、苦笑するマリナ。
「ドラマ?」
 アルはサンドイッチを一口食べながら、聞き慣れない単語に首を傾げる。
「えっと……演劇みたいなものよ」
 マリナはこの世界でドラマに該当しそうなものを考え、そう答えた。
「それにしても、どこの世界もやることは同じなのね」
 マリナは呆れたようにため息をついた。
「マリナの前世の世界でも、こういうことはあったんだな」
「ええ。流石にここまでのレベルは初めてだけど」
 マリナは再びため息をついた。
 前世のマリナは悪口などは言われたことがあるが、ここまで大勢から悪意を向けられたのは初めてだった。
「そんな暇があれば勉強したらいいのに」
 マリナはポツリと呟いた。
 いじめ加害者達は全員マリナ達よりも成績が下なのだ。
「成績は公平に見てくれるが、それ以外に関しては教師陣も全く役に立たない。社交界に出るなら自分達の問題は自分達で解決するようにだってさ」
 アルは教師達に現状を訴えたようだが、そう言われたらしい。
「ろくでもない学園ね。前世を思い出した時は学園生活が楽しみだったけれど、まさかこんな学園だとは思ってなかったわ」
 マリナは盛大に顔をしかめた。
 前世のマリナが夢中になっていた乙女ゲーム『光の乙女、愛の魔法』のヒロインになれたことには喜んだが、攻略対象者達と交流するかは様子を見て決めようと思っていた。
 しかし、入寮日の王太子エドワード達からの絶縁宣言、そして今回のいじめにより、マリナは学園生活を諦めざるを得なくなっていた。
「前世……か。そう言えば、王太子の婚約者の……イーリス嬢だったかな? 確か彼女も前世の記憶を持つ可能性があるって言ってたな」
 アルは図書室で一緒に課題レポートに関することを調べていた時にマリナから言われたことを思い出した。
「ええ。確認してはいないけれど、多分私と同じで前世の記憶があると思うの。彼女もここが乙女ゲーム……物語の世界だと知っていて、私が来る前に王太子殿下達を攻略……えっと、彼らと仲を深めていたのよ」
 マリナは思い出し、苦笑した。丁度サンドイッチを食べおいたので、持ってきた紅茶を一口飲む。
「悪役令嬢がそうするのならまだ納得は出来るのだけど」
「悪役令嬢……?」
 また聞きなれない単語に首を傾げるアル。
「物語に登場するのよ。その名の通り悪役で、ヒロインをいじめて最後は破滅する役割よ。本来の物語での悪役令嬢は、エヴァンジェリンという人だったの。もしかしたら彼女にも前世の記憶があるかもしれないわね。確か今はアステール帝国に留学中って噂で聞いたことがあるけれど」
 どこか懐かしげな表情のマリナである。
「エヴァンジェリン嬢……もしかして、ガーネット公爵家の?」
 アルはエヴァンジェリンの名前にピンときたみたいだ。
「ええ、そうよ。やっぱり有力な公爵家の方の名前は知っているのね」
「まあ……な」
 アルは意味ありげに頷いた。彼も今ようやくサンドイッチを食べ終えた。
「ところでアル、今日も図書室に行くの?」
 マリナはサンドイッチが入っていたバスケットを片付けながらアルを見る。
「ああ。今日の授業の復習をしたいからな」
 アルは紅茶を一口飲んだ。
「それならば、私も行こうかしら。丁度読み終わった魔導書があるから返そうと思っていたところでもあるの」
 ふふっと微笑むマリナ。
「もちろんいいぞ」
 アルは眼鏡越しのオレンジの目を優しく細めた。
「それに俺も……マリナがいてくれた方が嬉しいし」
 アルの頬はほんのり赤く染まっていたが、マリナはそれに気づかなかった。
「もうこうなったらとことん勉強するわ。そして誰よりも偉くなって見返してやるのだから」
 いじめにより精神的にキツくはあるが、その薄紫の目からは強い意志が感じられた。
 負けてなるものかと、マリナの目は輝いていた。
 その目を見たアルはハッと眼鏡越しのオレンジの目を見開く。
「そうだな」
 アルも力強く頷いた。

 逆境の二人はそれでも前を向くのであった。