マリナとアルは放課後毎日図書室でレポートをまとめていた。本に書いていないことは直接教師に聞きに行くなど、レポートの完成度を向上させていた。
「後は魔獣の弱点をまとめてみるか」
 アルは分厚い本に何か情報がないか懸命に調べていた。
「ならば私は魔獣に効果がありそうな魔道具を調べるわ。と言っても、この国では魔道具はあまり使われないみたいだけど」
 後半苦笑するマリナ。
「確かにな。どうもこの国は魔法や魔力のみを重んじる傾向がある」
 アルもやや呆れ気味に苦笑した。
「それから、女神アメジスト様についても簡単にまとめるわね」
「ああ、頼む」
 こうして、マリナは女神アメジストについてもまとめていた。

 そして無事に提出日までに課題のレポートを完成させるのであった。


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 数日後。
「皆さんが提出したレポートですが、今年は特に完成度の高いものがありました。マリナさん、アルさん。貴女達のレポートはこのクラスの中でも特に完成度が高いので、魔獣研究施設の方々にも見てもらいました。研究施設の方々も二人のレポートを褒めていましたよ」
 課題を出した授業の担当教師がクラス全員の前でマリナとアルを褒め称えた。
 マリナとアルは互いに顔を見合わせて嬉しそうに微笑んでいる。頑張った甲斐があったのだ。
 しかし、クラスメイト達の反応はあまりよくなかった。
 怒りや嫉妬を露わにする者、訝しげに二人を見る者などが多かったのだ。

 この授業が終わり、放課後になった。
 もうレポートもないので、アルと図書室へ行くことはない。
 よって放課後は自由である。
(それはそれで少し寂しいわね)
 マリナは寮へ戻る準備をするアルを見て苦笑した。
 その時、複数人の令嬢達がマリナの元へやって来た。
「マリナさん、貴女今回のレポートが高評価だったそうだけど、一体どんな手を使ったのかしら? まさか、王太子殿下達に振られたからって、先生達に媚を売ったのかしらね? 女神アメジスト様と同じ光の魔力の持ち主だから何をしても許されるわけではないのよ」
 リーダー格の令嬢が蔑むような目をマリナに向けている。彼女の取り巻き達もクスクスと悪意ある笑みだ。
 突然そう言われ、マリナは頭が真っ白になる。
(この方々は何? どうして私がそう言われなければならないの?)
 リーダー格の令嬢はドロシア・ラリマール。金髪碧眼でいかにもキツそうな顔立ちである。彼女はラリマール侯爵家の令嬢だ。
 Aクラス内でマリナを嘲笑したり悪意ある噂を流す張本人である。
「いいえ。ただ図書室で関係のある部分を調べていただけですが。それに、王太子殿下達にも私は何もしていません」
 マリナがそう言い返すと、ドロシアの目が吊り上がる。
「この(わたくし)に対して口答えなんて、男爵家の人間の癖に生意気よ!」
 ドロシアは感情のまま水魔法を繰り出す。
 思わず目をつぶるマリナ。しかし、一向に濡れる気配はない。
 恐る恐る目を開けると、マリナの目の前にアルがいた。
「アル!」
 どうやらマリナを庇い、ドロシアからの水魔法攻撃を受けたのだ。アルはびしょ濡れである。
「あら、何の力もない新興の男爵家の人間が庇うだなんて」
 ドロシア達はアルも嘲笑う。
「マリナは努力していました。言いがかりをつけるのはやめてください」
 アルの眼鏡の奥からのぞくオレンジの目は、冷たくドロシア達を射抜いていた。
「その目、生意気ね! あんたは女神アメジスト様と同じ光の魔力を持つだけで先生方から優遇されるその女と組んだだけの癖に! 何の取り柄もない癖にレポートを認められるだなんてありえないわ! きっと努力せず贔屓されるその女にただ乗りしただけね!」
 それは明らかにアルに対する侮辱だった。
「そんな言い方する必要ありますか!?」
 マリナは薄紫の目をキッと鋭くし、ドロシア達を睨む。
「これは私達が努力した結果です。彼は今回の課題を細かい部分まで調べていました。彼の努力は何より私が知っています。それを何もせずズルをして勝ち取ったものだと貴女達に言われる筋合いはありません!」
 自分のことよりも、アルを侮辱されたことにより怒りを感じていたマリナである。
「この(わたくし)にそんな態度を取るなんて……!」
 ワナワナと怒りで震えているドロシア。
「貴女達、覚悟しておきなさい!」
 切り裂くような鋭い口調でそう言い捨て、ドロシア達は立ち去るのであった。

「アル、大丈夫? 私のせいでごめんなさい」
 マリナはびしょ濡れのアルに対し、申し訳なさそうな表情だ。
「いや、俺はどうってことない。マリナこそ、大丈夫か?」
 眼鏡の奥からのぞくオレンジの目は、本気でマリナを案じているようだった。
「私は攻撃を受けたわけじゃないから……。それより、小さなタオルしかないけれどこれで体を拭いて」
 マリナはアルにタオルを渡す。
「ありがとう、マリナ。助かる」
 アルはフッと笑い、マリナから受け取ったタオルで濡れた髪や体を拭く。
 教室に残っていたクラスメイト達はドロシアの所業を咎めることなく、むしろマリナ達に対してざまあみろと言いたげであった。
「それにしても、Aクラスは優秀らしいが、人間性に問題ある奴が多いな」
 アルは軽蔑した笑みで周囲を見た。
「まあ……そうだけど……」
 マリナは憂いげにため息をついた。
(明日から平和に過ごせるかしら?)


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 翌日。
 教室のマリナの机には虫の死骸やゴミが入れられていた。
 それを見たマリナはやっぱりとため息をつく。案の定の展開である。
 ドロシア達はそんなマリナを見てクスクスと笑っていた。
(侯爵令嬢なのに、やることが小さいわね)
 前世の漫画やテレビドラマでよく見た典型的ないじめである。
「あ、もう一人の方も来たわよ」
 ドロシアが嘲笑しながら教室入り口に目を向ける。
 アルがやって来たのだ。
 アルの机にはドロドロと粘液を流すカエルの死体が置かれている。
 アルは一瞬だけ顔をしかめ、自身の魔力でカエルの死体を燃やして灰にした。
 アルは炎の魔力を持っているようだ。
「おはよう。うわ、マリナの席も酷いな……」
 アルは自分の机の処理が終わるとマリナの元へ来てくれた。
「おはよう、アル。虫の死骸だらけで嫌になっちゃうわ」
 ため息をつくマリナ。
「今俺が何とかする」
 アルは先ほどと同じようにマリナの席の虫の死骸を炎の魔力で灰にした。
(……カメラがあれば証拠として提出できるのに)
 マリナはこの世界の不便さを恨んだ。
「ありがとう、アル。多分これから私達、持ち物も狙われると思うの。教科書やノート、大切なものは教室には置かずに常に自分で管理する必要があるわ」
 前世の漫画やテレビドラマで(おこな)われたいじめシーンなどを思い出し、自身の荷物をギュッと持つマリナ。
「そうなのか……。分かった、ありがとう。俺もそうする」
 アルもマリナと同じように、自分の荷物を常に持つようにした。

 レポートは自分達の努力で優秀な成績を収めたのだが、クラス内での立場は完全に悪くなったマリナとアルであった。
 中にはマリナとアルが不正をしたと訴える生徒もいた。しかし幸い学園の教師達は成績に関しては身分関係なく公平だったので、生徒達の訴えは退けられたようだ。
 二人にとってそれだけがせめてもの救いだった。