イーリス・シャーマナイトには前世の記憶がある。
 イーリスの前世は彼女からしたら納得できない人生だった。

 目立ちたい、自分が一番になりたい、ちやほやされたい、誰よりもいい思いがしたい。
 彼女はそういう思いが強かった。
 しかし、小学校、中学校、高校、大学、大学院全てで自分よりも優れた人がいて目立てず燻っていた。
 彼女はそのストレスを解消するために、乙女ゲームをひたすらやり込んでいた。特にお気に入りだったのは、『光の乙女、愛の魔法』だった。
 そして大学院時代、彼女はいつも通り研究室へ向かう途中、交通事故に巻き込まれてそのまま命を落とした。


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 イーリスは四歳の頃熱を出し、寝込んだ。その際に前世の記憶を思い出したのだ。
(私、転生してるのね。……中々可愛い見た目をしているじゃない)

 ふわふわとした黒髪、カナリアイエローの目、儚げで庇護欲そそる顔立ち。
 前世よりも可愛らしい見た目にイーリスは満足した。

 シャーマナイト伯爵家の両親や周囲の会話から、今の自分がいる国はジュエル王国だと理解したイーリス。その国名にはピンと来た。『光の乙女、愛の魔法』の舞台となった国だからだ。
 まさかと思い、イーリスは王太子の名前や主要貴族の家名、女神アメジストは存在するかなどを両親達に聞く。
 すると、イーリスの前世の記憶通りの答えが返ってきた。
(やっぱりここは『光の乙女、愛の魔法』の世界……! モブに転生したのね。まあ悪役令嬢じゃないだけマシだけど、このままは絶対嫌よ! 今世こそ、誰よりも目立って誰よりもいい思いをしてやるんだから! せっかく『光の乙女、愛の魔法』の世界に転生したのだし、上手く行動してエドワードの婚約者に、そして攻略対象達との逆ハーレムを作ってみせるわ! 誰にも邪魔なんかさせない!)
 メラメラと湧き上がる思い。それに従い、イーリスは行動した。

 自分がジュエル王国にとって有用な人材であり、王太子エドワードの婚約者に相応しい存在だと知らしめる必要があるが、前世の記憶を持つイーリスにとってそれは造作もないこと。
 前世の知識を活用して様々なものを開発すれば注目を浴びるからだ。

 優しさ半分でできているらしい痛み止めの薬、手術用で抜糸の必要がない溶ける縫合糸、お湯を入れて三分待てば食べられる麺、手っ取り早くバランスよくエネルギーや栄養補給できるブロック型のショートブレッドなど、前世でお馴染みの品を開発したイーリス。それにより予想通り注目を浴び、ジュエル王国一の才女だともてはやされた。

 その頭脳は王家も注目し、努力の甲斐あり八歳で王太子エドワードの婚約者になれた。
 イーリスは内心ほくそ笑みながらも、謙虚で控えめな性格を演じた。
 王太子エドワードを前にしては、その庇護欲そそる見た目を大いに活用すると同時に、ゲームで語られたエドワードの悩みに寄り添い見事に解決したイーリス。彼女は見事にエドワードの心を掴んだのだ。

 これから起こることをゲームの知識で知っていたので、それとなく教えるイーリス。
 そしてショーン、アンソニー、ライアンの悩みも見事に解決してイーリスの味方につけた。

 ある日、エドワード達にどうしてそんなに未来の出来事を予測できるのかと聞かれたら、イーリスは夢で見たからだと答えた。予知夢があるということにしたのだ。おまけに夢なので自在に見られるわけではないと誤魔化せる。そして政治利用されるのが怖いから予知夢のことは黙っていて欲しいと涙を潤ませて庇護欲そそる見た目を活用し、エドワード達に訴えたのが功を奏し、イーリスの能力に気づいた何者かが彼女を狙わないようがっちりガードするようになった。逆ハーレムの完成だ。

 画期的な品を開発する才女、王太子の婚約者として注目を浴びるようになったイーリス。誰よりも目立てて誰よりもいい思いができており、非常に満足していた。

 しかし、そんなイーリスには不安が一つあった。
 ヒロインであるマリナの存在だ。
 せっかく攻略対象達をゲットしたのにも関わらず、ゲームの強制力でヒロインに全員取られてしまう不安があった。
 だからイーリスは庇護欲そそる見た目を大いに活用し、しおらしくエドワード達に訴える。また予知夢を見て、エドワード達がマリナ・ルベライトという女に夢中になり自分は捨てられてしまうのではと不安になっていることを。
 その話を聞いた瞬間、イーリスに夢中になっているエドワード達はまだ会ったこともないマリナに対して嫌悪感を抱いた。
 エドワードに関しては、自分の悩みを解決してくれて寄り添ってくれる最愛のイーリスとの破局の原因になるマリナを今すぐ潰そうと提案してくれた。
 しかし、マリナはまだ何もしていない。今動いたらエドワードの経歴に傷がつくからやめて欲しいとイーリスは説得した。
 その結果、学園の入寮日にマリナを牽制し、絶縁宣言を突きつけるのであった。
 その後、マリナが孤立する様子を見てイーリスは安心したのであった。