魔法学園入学式。
 マリナは昨日のこともあり少し憂鬱になりながら会場に向かっていた。
 もちろん、エドワード達からああ言われた以上、学園内を迷ったところをた助けてもらう最初のイベントは起きないのは分かっていた。他の誰かが都合よくいる可能性も低そうだったので、マリナは昨日荷物の整理を終わらせた後、学園内の地図を頭に叩き込んだのだ。よって、マリナは迷うことなく入学式会場にたどり着いた。
 昨日のこともあり、やはりヒソヒソと噂話をされたり好奇の目に晒されるマリナ。
(せめて学園生活を楽しみたかったのだけれど、それも難しいかもしれないわね)
 マリナは心の中でため息をついた。

 真面目に勉強していたマリナはクラス分け試験で一番上のAクラスになった。マリナは学園で勉強を頑張ろうと思っていたのでこの結果は喜ばしいものである。しかし光の女神アメジストと同じ希少な光の魔力を持つとはいえ昨日のこともあり、マリナはクラスで孤立してしまう。クラスメイト達から遠巻きに見られたり、王太子を誑かそうとした破廉恥な令嬢などと、ヒソヒソと悪意ある噂を流されたりしたのだ。マリナはエドワードやイーリス達より一つ年下なので学年が違うことが唯一の救いではあるが。
(友達を作ることすら許されないだなんて……)
 マリナはため息をついた。
(こうなったら、勉強をとことん頑張ってやるわ。前世でも勉強は嫌いじゃなかったのだから)
 マリナは切り替えて教科書に目を通すのであった。


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 数日後。
 相変わらずマリナには友達ができず一人だった。
 しかし、周囲の様子を見て分かったことがある。
 まず、王太子エドワードの婚約者イーリスのこと。彼女はシャーマナイト伯爵家の令嬢だ。もちろん前世のマリナがプレイした『光の乙女、愛の魔法』には全く登場しない家である。イーリスは優しさ半分でできているらしい痛み止めの薬、手術用で抜糸の必要がない溶ける縫合糸、お湯を入れて三分待てば食べられる麺、手っ取り早くバランスよくエネルギーや栄養補給できるブロック型のショートブレッドなどを開発した才女としてジュエル王国内で有名なのだ。その才能を見込まれて彼女が八歳の時に王太子エドワードの婚約者になったそうだ。おまけに心優しく控えめなので周囲からも慕われているらしい。
(……前世文系だったから縫合糸は分からないけど、優しさ半分の痛み止めやお湯を入れて三分待てば食べられる麺や手っ取り早く栄養補給できるショートブレッドは私も知っているわ。……やっぱり確実にイーリスは転生者ね。本来の悪役令嬢エヴァンジェリンはエドワードと同い年、つまり必然的にイーリスとも同い年になる。ゲームではエヴァンジェリンが十歳の時にエドワードと婚約する予定だったけど、イーリスがその機会を奪ったということね)
 マリナは一人中庭のベンチでお昼のサンドイッチを食べながら苦笑した。
 この中庭はマリナのお気に入りの場所になった。色とりどりの花が咲き誇り、前世テレビや雑誌で見たようなイギリス式の自然を切り取ったような庭園になっている。
 天気がいい日はここでお昼を食べようと決めたマリナであった。

 そして、ゲーム本来の悪役令嬢エヴァンジェリンの情報も手に入れた。どうやら彼女は隣国アステール帝国に留学しているようだ。聞いた話によるとエヴァンジェリンは魔道具に興味があり、魔道具開発技術が進んでいるアステール帝国留学を自ら希望していたようだ。
(ゲームでのエヴァンジェリンは学ぶことや努力があまり好きではなく、怠惰で傲慢な性格だったはずだけど……もしかして、エヴァンジェリンも転生者なのかしら?)
 マリナの中にそんな疑問が生じていた。


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 昼休みが終わり、午後の授業の時間になった。
「では自由にペアを組んでこの課題に取り組んでもらいます」
 教師の言葉にマリナは憂鬱になる。
(自由にペアを組む……ぼっちには辛い時間ね)
 マリナは内心苦笑した。
 周囲はどんどんペアを組んでいるが、マリナに話しかけようとする者は一人もいない。マリナから話しかけてみるも、やはり無視されたりあからさまに避けられる。
「マリナさん、まだペアを作れていないのですか?」
 皆の前で教師にそう聞かれるマリナ。「はい」と頷くことしかできない。
 クラスメイト達はそんなマリナをクスクスと嘲笑う。
(私を見て笑って一体何になるというのかしら?)
 マリナは顔には出さないがクラスメイト達に呆れていた。
「誰かまだペアがいない人はいませんか?」
 教師の問いかけに答える者はいないと思った矢先、控えめだがはっきり「はい」と男子生徒の声が聞こえた。

 無造作長めの茶色の髪、分厚い眼鏡の奥にはぼんやりとしたオレンジの目。無表情でかなり地味な男子生徒である。

「アルさんがいましたか。ではマリナさんはアルさんと組んでください」
 教師から言われてマリナはその男子生徒――アルと組むことになった。
 元々好奇の目で見られているマリナと地味で暗そうなアル。このペアを見て周囲の嘲笑は更に酷くなった。しかし今更気にしてもしょうがない。マリナは切り替えてペアになったアルに向き合う。
「えっと、私はマリナ・ルベライトです。よろしくお願いします」
「新興男爵家のアル・ジョンソンです。こちらこそ、よろしくお願いします」
 地味で少し暗そうな見た目とは裏腹に、アルの声はハキハキとしていた。
 マリナのことを避ける様子は全く感じられない。入寮日から今までずっと好奇の目を向けられ避けられていたマリナにとって、それはとても新鮮だった。
「ではジョンソン男爵令息、この課題を進めていきましょう」
「ええ。それと、アルでいいですよ。敬語も必要ありません」
 無表情だったアルの口元がフッと綻んだ。
(あ……笑った)
 マリナは薄紫の目を丸くした。
「えっと……アル様」
 おずおずとそう呼んでみる。前世でも異性を名前呼びすることがあまりなかったマリナは少しドキドキしてしまった。
「様も必要ありません」
「……アル」
 恐る恐るそう呼ぶと、アルは満足そうな表情をしていた。
「改めて、よろしくお願いします。マリナ嬢」
 アルの低く落ち着いた声に、マリナは少しドキリとした。
「えっと、嬢は必要……ありません。アル……も敬語じゃなくていいわ」
 少し緊張し、敬語とタメ口が混ざるマリナだ。
「分かったよ、マリナ。それじゃあ課題を進めようか」
 こうして、マリナはアルと課題について話すことになった。
(そういえば、『光の乙女、愛の魔法』ではミニゲームがあったわね。確かミニゲームのスコアでこの課題の成績が決まるのだったわ。今回はミニゲームはないから、自分で調べてレポートにまとめたものが成績になるのかしら?)
 マリナは前世の記憶を思い出し、考えていた。