アルジャノーンは改めてバートラムに目を向ける。
「さて、バートラム殿。俺はこの国の王太子に火傷を負わされ、殴られもした。この件に関してはこちらの条件を飲んでいただけるなら国際問題にはしない。どうだろうか」
 それは為政者としての表情だった。
「その条件とは……?」
 落ち着いた表情のバートラム。
「ここにいる、光の魔力を持つマリナ・ルベライト嬢をアステール帝国の学園に通わせること及び……」
 アルジャノーンはそこで少し黙り込み、チラリとマリナに目を向ける。
(アル……どうしたのかしら?)
 マリナは不思議そうに首を傾げた。
「マリナ・ルベライト嬢を俺の妻として認めること」
 アルジャノーンの表情は少し硬く、声も掠れているようだった。
「え……!?」
 マリナは驚きのあまり薄紫の目を大きく見開いた。まるで目がこぼれ落ちそうなほどである。
「本物……生アルジャノーン様……! 本来の推しの姿……! 推しカプ結婚……!」
 エヴァンジェリンはマリナの隣で興奮気味に呟いており、ヴィクターに宥められていた。
(今、アルは私を妻にするって言った……!? 待って待って! 私は確かにアルのことが好きだけど、早急すぎるわ……!)
 混乱して何も考えられなくなるマリナ。
 その間に話は進んでいく。
「女神アメジスト様と同じ希少な光の魔力を持つマリナ嬢がアステール帝国に……。我が国としては重大な損失になる。しかし……今までのことを鑑みると、認めるしかないな。損失の責任はエドワード達に取らせるとしよう」
 バートラムは苦々しい表情だったがアルジャノーンが提示した条件を受け入れた。
(待って、国王陛下が受け入れてしまったわ……!)
 マリナの思考回路は完全にショートした。
「まずはバートラム殿に受け入れていただけて安心した。今後も我がアステール帝国は貴国と友好的なつき合いを続けていきたいと思っている」
 堂々とした、為政者としての表情のアルジャノーンだ。
「こちらこそ、こんなことにはなってしまったがこれからもよろしく頼む」
 アルジャノーンとバートラムは握手を交わし、この場はまとまった。


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 謁見の間を後にした四人。
 マリナはふわふわとした気持ちで歩いていた。
 ちなみにマリナやアルジャノーンが負った傷は、マリナが光の魔力を使って治癒済みだ。
「マリナ……」
 アルジャノーンに声をかけられ、マリナは足を止める。
「アル……」
 先ほどのこともあり、上手く言葉が出ない。
「マリナの気持ちも確かめず、この国の国王にあんなことを提案してしまってすまない。だけど、君に聞いて欲しい」
 アルジャノーンの紫の目は、まっすぐマリナを見ていた。
 その視線に、マリナは思わず目をそらしたくなってしまう。
 エヴァンジェリンとヴィクターはそんな二人を見守っている。
「……何……かしら?」
 マリナはうるさい心臓をひたすら落ち着かせ、アルジャノーンを見る。
「俺は君のことが好きだ。学園で懸命に学ぶ姿や、ふと見せる笑顔に惚れたんだ。この先、一生かけて君を知っていきたい。俺と結婚してくれないだろうか」
 アルジャノーンの情熱的でまっすぐな言葉。
「私は……」
 マリナは言葉に詰まってしまう。
(アルが私を好き……。嬉しい……! だけど……)
 マリナは少し俯く。
「アルの気持ちはすごく嬉しいわ。だけど……アステール帝国の皇太子とただの男爵家の私、身分を考えたら……」
 嬉しさと不安でごちゃごちゃなマリナ。
「マリナ様! 貴女の素直な気持ちはどうなの!? 貴女にとってアルジャノーン様……アルジャノーン殿下は今まで接してきたアル・ジョンソンとは全くの別人なの!? マリナ様、素直になるべきよ!」
「エヴァンジェリン、少し落ち着こう」
 やきもきしたエヴァンジェリンがマリナにそう訴えた。そんなエヴァンジェリンをなだめるヴィクターである。
「エヴァンジェリン様……」
 マリナは少し困ったように微笑む。
 しかし、エヴァンジェリンの言葉はスッとマリナの胸に入ってきた。
(ええ、もちろんアルはアルよ。彼の身分がどうであれ、彼の優しさは変わらないわ。それは確かね)
 マリナは改めてアルジャノーンを見る。
「アル、私も……貴方が好きよ」
 マリナの薄紫の目は、まっすぐアルジャノーンを見つめている。
 マリナの素直な気持ちである。
「だけど、アルはアステール帝国の皇太子、私はジュエル王国の男爵家の人間よ。結婚となれば身分が」
「マリナ嬢、それなら君は我がインテクルース公爵家の養女になればいいんだよ」
 マリナの言葉を遮るヴィクター。
「え……? インテクルース公爵家の……?」
 きょとんと首を傾げるマリナ。
「ああ。インテクルース公爵令嬢となれば、身分的にも皇太子殿下と釣り合う。それに、アステール帝国内の貴族のパワーバランスを考えたら、インテクルース公爵家と皇族との婚姻は帝国でも大歓迎なんだ。もちろん、マリナ嬢の生家であるルベライト男爵家との連絡も制限はしないよ。どうだろうか?」
 ヴィクターがマリナに提案した。
(確かに魅力的な案だわ……)
 マリナは少し考える。
「マリナ嬢、将来エヴァンジェリンはインテクルース公爵家に嫁いでくる。もし君がインテクルース公爵家の養女になれば、義理だけどエヴァンジェリンとは姉妹になれるよ」
 悪戯っぽく笑うヴィクター。
 すると今度はエヴァンジェリンが前のめりになる。
「マリナ様、是非インテクルース公爵家の養女になりましょう! (わたくし)、前世でも今世でも末っ子だから、妹に憧れていたの! マリナ様が義妹(いもうと)だなんて、(わたくし)嬉しいわ!」
 真紅の目をキラキラと輝かせるエヴァンジェリン。
(エヴァンジェリン様が義姉(あね)……。どちらかというと、義妹のような感じではあるけれど……確かに楽しそうね)
 マリナはクスッと笑った。
「分かりました。インテクルース公爵家の養女に入ります。その前に、ルベライト男爵家で色々と話す必要がありますが」
 マリナはヴィクターからの提案に乗ることにした。そしてアルジャノーンの方を向く。
「アル、私がインテクルース公爵家の養女になったら、私を貴方の妻にしてくれますか?」
 マリナの薄紫の目は、まっすぐアルジャノーンの紫の目を見つめている。その目は真剣だった。
「もちろんだ」
 アルジャノーンは嬉しそうに頷いた。
「マリナ様! アルジャノーン殿下! おめでとうございます!」
「お二人共、一足早いですがおめでとうございます」
 興奮気味に大喜びするエヴァンジェリンと、穏やかなヴィクター。
 マリナとアルジャノーンは、少し照れながらも幸せそうに笑うのであった。