「――しかし城で働く方々は公爵子息の活躍をご存じないのですね。まあ無理もない事です。公爵子息は姫に愛される事以外まったく興味のない方ですから、わざわざ自分の実績をひけらかさないのでしょう。謙虚な方です――」

 ルシウス様はスパイ。
 ルシウス様はスパイ。
 ルシウス様はスパイ。

 クラクラしてきて、意識を失いそうだ。全身の血の気が引く。頭が、身体中が、しゅわしゅわする。

「失礼します」

 私はたまらず店を出た。いまだ背後から声が聞こえていたけれど、内容は何も聞き取れない。
 公園のベンチでひと休みして、リストにあった商店をいくつか回る。
 どの店へ行っても店主はルシウス様を褒めた。

 ――凄い男だ。
 ――出来る男だ。
 ――懐に入り込むのが上手く、どんな相手でも懐柔できてしまう。

 ああ、ルシウス様。
 貴方を信じたいと思う私の気持ちも、懐柔されて芽生えたものなのでしょうか。

 城下町から見上げた城に日が落ちていく。
 空の明かりは濃紺の夜に侵食される。
 信じられるものは、ルシウス様のその高い能力だけ。
 私も国も何もかも、ルシウス様に騙されて落ちていく。どこか遠い国の知らない王の手に、落ちていく。

「……帰ろう」

 私はお姉さまの待つ城へと帰った。