お姉さまは椅子の背もたれに身体を預け、険しい顔で私を見ている。

「我が国はな、ティアナ。昔から諸外国から狙われているのだ。私が女帝となった日から、この国には沢山のスパイが潜り込んでいる。寝返る者もいる。皆が味方とは限らない」

 空気が重くなる。誰も言葉を発せず、ぱさっと紙をめくる音だけが響いた。そんな重い沈黙を、またお姉さまが破った。

「ルシウス・マーシャルは執拗にお前に近づいていた。この国の機密情報を、もしかしたら女帝である私の弱点を、お前を介して探っていたのかもしれない。スパイとして」

 スパイ。そのために、私に近づいた?
 動悸がして吐きそうだ。
 スパイ。スパイ。そうなのだろうか。そうだったのだろうか。
 ――寝返る者もいる。
 そんなお姉さまの言葉が頭から離れない。

 聴力を失ったかのように、私は何も聞こえなくなってしまった。何も見えない、聞こえない。ふらふらと手探りで部屋を出て、自分の部屋へと這って行く。

 すべて嘘だった?
 ルシウス様の愛が、言動が、すべて嘘?
 そんなこと、あるはずがない。

 そう思いたいけれど、お茶会で見せたルシウス様の出来過ぎた対応が、すべてを否定する。
 ルシウス様には北東諸国とのパイプがあった?
 商家と繫がって、怪しまれずに情報を流していた?
 私のために何でもするフリをして、頻繁に情報を売買していた――?