昨日は私はマルさんの忘れ物らしきボールペンを持って、トキさんと瑠衣にことわりを入れてから、マルさんを追いかけて行った。





     ◇◇◆◇◇





「あの〜、すいませんっ! すいませ〜ん」

 マルさんは足が早くて。

 すでに豆粒みたいなマルさんのシルエットを、私はもう必死で走って追いかけた。

 はあはあ息が上がりながらも、何度か叫んでマルさんを呼び止めた。



「はい? 僕ですか?」

 振り返るマルさんの瞳が綺麗だなと思った。

 優しげで大きな黒目で私をマルさんが見る。

「あなた確かMOONにいた方?」

「はいっ! 私、藤本千代子です。和菓子屋さんのトキさん達からはチョコちゃんって呼ばれてます」

 はっ。しまった。

 余計なことを言った。

 だってただ忘れ物のボールペンを届けに来ただけなのに、聞かれてもないことをべらべらと。



「フフッ」とマルさんは笑ってから、

「僕は中丸政宗なかまるまさむねと言います。ごめんなさい。これから仕事なんです。今度ゆっくりとMOONでお話をどうですか? 今日は夕方からのシフトで出勤なんですよ」

 夕方から仕事って、なんの仕事をしているんだろう?

 わあっ。話したくて追いかけて来たかと誤解されたかも。恥ずかしい。

 違うんです。

「あっ、あの。これっ!」

 茶色いボールペンを差し出すと、マルさんは王子様のように(私には見えてます)微笑んだ。

「ありがとうございます。ぼくのボールペンです。わざわざ持って追い掛けて来てくれて……。ああっ、…そうだ。……これ、良かったら。お礼です」

 マルさんは鞄から四つ葉のクローバーが貼られた手作りの栞しおりを出して私にくれた。

「職場のイベントで僕が作ったんですけど……。こんなのしかなくてすいません」

「いえっ! ぜんぜんっ! すごく嬉しいです。……ありがとうございますっ。大切に使います」

 私はマルさんから栞をもらって、有頂天になった。

「じゃあ、また」

「はい。お仕事頑張って下さい」

 私はマルさんに小さく手を振ると、マルさんはまたにっこり笑って会釈をして、駅の方に向かって行った。



 初めて!

 初めて、マルさんとお話が出来たよっ!

 しかも彼の手作りの四つ葉のクローバーの栞しおりをもらっちゃった。



 私はいつまでもマルさんの後ろ姿を見つめていた。





「へえ〜。チョコちゃん、初めてマルさんと会話したのかな?」

「えっ!」

 誰?

 私は背後から話し掛けられて、振り向くと喫茶「MOON」の双子のマスターの弟の方、南雲克己なぐもかつみさんが立っていた。