瑠衣の彼氏の長谷地くんが調子に乗って、克己さんからご馳走になったワインを一人でほとんど飲んでしまった。

「も〜! しっかりしてよねぇ」
「瑠衣ちゃーん、大丈夫。大丈夫だったら。全然全然酔ってないのらぁ」

 ベロンベロンになって酔っ払った長谷地くんを皆で介抱して、タクシーを呼び、瑠衣が彼に付き添って帰ってしまうと、喫茶『MOON』には克己さんと二人きりになった。

 ✱

「そういや貴教さんは?」
「貴教はチーズ料理の研究をしに知り合いのバルに行ってるよ。そろそろ帰って来ると思うけど」
「へぇ、勉強熱心ですね」
「店のためなら勉強も楽しいさ。俺達にとっては、この『MOON』はじいちゃんから受け継いだ宝物だからね。俺も貴教も店を守っていきたいから」

 克己さんが珈琲を淹れてくれた。
 色の綺麗な一口サイズのメレンゲのお菓子を添えてあった。
 克己さんとは他愛もない話で盛り上がった。次から次へと話は尽きなくて。なかでも、私は克己さんと貴教さんの双子ならではの不思議な話にびっくりした。待ち合わせてもないのに同じお店でばったり会ったり、外食が同じメニューだったりするんだって。

「じゃあ、私もそろそろ帰ります。克己さん、クッキーもワインもありがとう」
「送って行くよ」
「良いですよ〜。私の家、近いもん」
「知ってる。だけど危ないだろ? 店の電気を落とすからちょっと待ってて」
 私は克己さんに結局家まで送ってもらうことになった。
 喫茶『MOON』を出ると、さっきまでの雷雨が嘘のように雲が消え、星がいくつか瞬《またた》いていた。

「残念。チョコちゃんと相合い傘出来るかと思った」
「……克己さん」
「冗談だよ。ジョークだからな。そんな警戒した顔しないでくれよー」
 くすくす。私は克己さんといると、ついつい笑ってしまう。
「チョコちゃんには笑顔が似合うよ」
「えっ?」
「俺は君の幸せを願ってる。……なぁ、マルさんの告白を受けるだろ?」
「はい、たぶん」
「何か心配? バツイチだってことが引っかかってる?」
 そう克己さんに問われて、私はもう一度自分の心に、自分の気持ちを問い直す。
「とても穏やかな『好き』なんです。焦がれてる程か自信がない気もして。それに本当に好きでいてくれるのかなとか、上手くいくか分からないから」
「チョコちゃんはさ。いざ、目の前に幸せが来ると躊躇しちゃうんだな」
 えっ――?
 私はグサッと胸を刺された様な衝撃と痛さを味わった。
 図星だ。
 克己さんは夜空を仰いでから、こちらに振り向く。瞳と瞳がぶつかって私は逸《そ》らすことが出来ない。

「俺が身を引いたのは、チョコちゃんがマルさんを真剣に好きだと思ったから。ふらふらするなら、俺がかっさらうけど?」
「克己さん?」
「俺のとこに来るなら、君が迷わないようにしっかり掴んで離さない。周りが見えなくなるほど、チョコちゃんを夢中にさせてやる」
 克己さんの言葉に、私はぎゅっと苦しくなった。
「克己さん」
「――うそ。冗談だよ。悪い、悪い。演技が上手かったかな? 鬼気迫る感じだった?」
「もう……。克己さんは冗談が過ぎますよ」
「ははは。そうだ。あのなぁ、いい加減敬語やめてみようか? やめないとデコピンな」
「うぅ、分かりました」
「デコピンっ」
「やだ、やだ、やめて」
 克己さんがデコピンをしようとするので、私はおでこを両手で守りながら観念した。
「なるべく敬語をやめま……、やめる」
「うん、うん。友達だろ? 困った時はいつでも相談に乗るからさ。そういや、あの元カレはまだうろついてんの?」
「最近は全然。メールもないです」
 うっ。敬語になっちゃう。
「そっか、それなら良かった。しつこそうだから心配だったけど、大丈夫そうだな」
 私が車道側を歩く克己さんの横顔を上向きに見ると、急に克己さんが頭をポンポンと優しく撫でるように叩いた。
「俺はいつでもチョコちゃんの味方だから」
 その言葉と、はにかむような克己さんの笑顔が私の心にすとんと落ちて、じんわりとあたたかくなる。
 克己さんの横にいると楽しくて落ち着く。とても居心地のいい場所だ。
 この人と恋人になれたら、幸せなんだろうなと思う。
 克己さんにはマルさんよりたくさん接して、優しい時間をもらってる。
 克己さんになんだか申し訳ない気分になる。
 それなのに、なぜだかときめく思いは違う人に。

 恋に墜ちるって、コントロールが利かない。
 どうして思い通りにいかないのだろう。