しばらくの沈黙が私とマルさんに訪れて、克己さんが飲み物を運んでくれた。
 すぐに厨房の方に克己さんの姿は消え、アルバイトで最近働くようになった竹井くんという名の大学生が「失礼します」とフォークやスプーンの入った木製のカトラリーケースをテーブルに置いた。
 私はマルさんが何を私に告げるのか、緊張しながら待ち続ける。ロイヤルミルクティーの入ったカップを持つ手は微かに震え、上手く口元に運べない。

「チョコちゃん」
「はっ、はい」

 マルさんが口を開くまでの時間は短いのか長いのかもう分からなかった。パニックになりそう。というか、もう気持ちは軽く焦って混乱している。
 胸がざわざわと落ち着きがない。
 私の返事をする声は裏返っていた。

「チョコちゃん、聞いてくれますか? あなたにどうしても先に話しておかなければと思っていることがあるんです」
「はい……」
 マルさんはとても真剣な眼差しで、私は息が数秒止まる。
「チョコちゃんと向き合い、一緒に出掛けたりする上で僕は出来る限り誠実でありたい、偽りたくないんです。だから告げなくてはなりません。――僕は一度結婚していました。今は離婚しています。それから恋人はいません。正直、もう一生涯独りで構わないと思って生きてきました。離婚した理由は、僕が仕事ばかりだったからだと思っています。妻が大学を卒業したタイミングで結婚をしてからの10数年間は仲が良く穏やかな結婚生活を送っていたのだと信じていました。それは僕の一人よがりな思い込みだったんだ。あまり話し合いも出来ずに離婚してしまったので、僕は妻に謝る機会も逃してしまいました。僕と彼女は、この喫茶『MOON』に二人でよく来てました。思い出の場所です」
 私にはショックは確かにあった。でも、こうしてまっ正直に話してくれるマルさんの潔さ、心の奥の純粋な気持ちを感じている。
 ……マルさんは喫茶『MOON』に来て、奥さんとの大切な思い出に浸っていたんだ。

「僕は今年41才になります。チョコちゃんとは年の差がだいぶあるし、僕には離婚歴もある。でもチョコちゃんと何度か接していくうちに思ったんです。あなたと一緒にいたいって。チョコちゃんとなら同じ時間を過ごしたいと」
 私はマルさんにそう言われて、胸が熱くなっていた。まさかそんな風に言ってもらえる日がくるだなんて。
「……僕はあなたが好きです、チョコちゃん。返事は今すぐでなくて構いません。出来れば僕と付き合って下さい。――よく考えてから答えを出してくれたら、僕は嬉しい」
 マルさんの瞳は真摯に私に向かっている。
 ドキンドキンと私の心臓は鼓動を早めていて、頭からは湯気が立ち上《のぼ》りそうだった。