仕事帰りに、私は急に美味しいカレーライスが食べたくなって。
 汗もかいたし、仕事着のままだとなんだか恥ずかしかったから、いったん家に帰る。
 こんな日はやっぱり喫茶『MOON』に出掛けようかなと、手早くシャワーを浴びて身支度をした。

 休憩時間に読んだ、マルさんからのメールには、
『一緒に出掛けられて、僕はとても楽しかったです。ありがとう。チョコちゃんさえ良ければ、また近いうちにお会いしたいです。いつが都合が良いですか? お返事をお待ちしてます。
              中丸』と、書かれていた。

 私はメールを開ける前からドキドキと胸が高鳴って、携帯電話を持つ手が震えていた。
「良かった……」
 マルさん、私と次もまた会いたいって思ってくれたんだ。
 つまんないなとか思われたらどうしようかと悩んでいたけど。
 ふ〜っ。良かったぁ。
 私は心底ホッとして、安堵のため息をついた。メールを見ては一日に何度も。

 ふっふっふ。これは、順調なんではなかろうか。
 こうやってデートを重ねて、お互いを知って仲良くなって。
 そしたら……、そしたらね、告白しようかな〜って!
 うふふ〜。
 私は、マルさんのことを思い出すと、勝手にニヤケ出し緩む顔をなんとか引き締めながら、喫茶『MOON』への道をのんびり歩いている。
 マルさんに二人の関係を進展させるような言葉を言って貰えるのを待っていたら、いつになるか分からない。私は、振り向かせる自信もないから。
「好き」とか「付き合ってください」には、タイミングがあると思う。
 私も積極的な方ではないから勇気はいるけれど。
 私はずっとマルさんに片想いをしてる。
 言い方は上手くないけど、――今が、やっと巡ってきた、二人の人生が交差する時間だと思う。
 チャンスとタイミングが合う時を逃したら、すれ違ってしまう気がするんだ、私。
 思えばいつも受け身で、自分から告白なんてしたことがなかった。
 初めての告白になるのかも。
 ま、まだね、少し先……当分先? だと思うけれど。
 く〜っ、緊張するなぁ。


 私が喫茶『MOON』に着くと克己さんが出迎えてくれた。
 芳しい珈琲の香りがする。
 いい匂いだ。
 いつも喫茶『MOON』は変わらずここにあって、美味しい珈琲や紅茶と料理に落ち着くBGMと店内の雰囲気、素敵で特別な心地よさに私はホッとする。
「いらっしゃい、チョコちゃん。さては良いことがあったなぁ? いつにも増してご機嫌、にこにこ顔だ」
「はっはい、まぁ。顔に出てます?」
「うん、出てるよ。あぁ、席はマルさんと相席にする?」
 店内を見渡すとマルさんが窓際のいつもの席にいた。窓の外を眺めている彼はこちらには気づいていない。
 どうしようかな。
 マルさんとは待ち合わせてた訳ではないし、かと言って別の席に座るのも不自然で他所他所《よそよそ》しい気もする。マルさんも一人で来てるみたいで。
 お互い一人なんだから……。
 私が困っていると克己さんがそっと小声で耳打ちしてきた。
「デートしたんだろ? ここは行かなくちゃ」
 ウインクしてる克己さんは爽やかな笑顔を向けてくれる。
 そして、私をマルさんの席まで誘導して「マルさん、チョコちゃんと相席、よろしいですか?」と言ってくれた。
「あぁ、チョコちゃん! もちろん」
 克己さんが話し掛けるまで黄昏れるように寂しげに見えたマルさんの横顔が、私に気づいた瞬間にパアッと表情を和ませたのが嬉しかった。
 マルさんの眼鏡の奥の瞳が優しい。
「お邪魔します。マルさんと映画を観に行けて楽しかったです」
 私はやや緊張しながらマルさんの前に座った。そんな私の目を見つめ、マルさんはにっこりと微笑んだ。
 私は彼の笑顔にドキッとする。
「良かった。僕もだよ。ちょうど今ね、チョコちゃんにメールを打とうと思っていたんだ」
「えっ? 私に」
 なんて内容のメールを打ってくれるつもりなんだろう?
「せっかく会えたのにな。これから仕事だから……。ごめんね、あとちょっとで休憩時間が終わりなんだ」
「遅くまで大変ですね」
「雇われとはいえ、店長だからね。だけど今日みたいな日は出勤時間は遅いから。チョコちゃんと時間が合えば朝にちょっと公園でも行きたいな」
「朝デートですか!?」
「まっ、まぁ、ははは。それってデートだよね。紫陽花《あじさい》を見に行くのはどうだろう?」
「良いですね! 嬉しいです」
 良かった。社交辞令じゃなくって、また誘ってくれてる。
「……僕さ、デートなんて久しぶり過ぎて誘い方が分からないんだ。もし迷惑だったらと思うと」
「迷惑なんかじゃありません。楽しみです」
 会話が続いて私は嬉しくて仕方がなかった。
 克己さんが注文を取りに来て、私はカレーライスとロイヤルミルクティーを頼み、マルさんはブルーマウンテンと卵サンドとコロッケサンドのセットを頼んだ。
 窓をふと見ると、梅雨らしく一度止んだ雨が降り出している。
「チョコちゃん、実はですね……」
 私は慌ててマルさんに視線を戻した。
「あなたにお話があるんです」
 目の前のマルさんが急に改まったように真顔になって、私は胸が騒いだ。