私と瑠衣は、アウトレット商業モールの派遣先の仕事が終わって、その場でお給料をもらえたのでウキウキとしていた。

 その足で喫茶『MOON』に行こうと瑠衣に誘われたけど。私は克己さんと貴教さんに会いづらい気分だった。
 でもここで行かなかったらもっと行きづらくなっちゃうよね。あんな素敵なお店から足が遠のいちゃったら、残念で仕方ない。私の唯一無二の楽しみなのに。
 喫茶『MOON』の雰囲気も、美味しい料理や珈琲と紅茶も大好き。
 もちろん優しい双子のマスターの貴教さんと克己さんも好きだ。
 心があったまるお店――。
 私にとって、居心地の良いかけがえのない場所。
 やっと見つけたんだもの。
 一人で訪れても臆することなく穏やかになれて。
 心安らぐ、行きつけの喫茶店なんて、私には他にはない。
 私は覚悟を決めた。
 喫茶『MOON』に行こう。
 ちゃんと逃げずに向き合いたいものね。
 
 もう季節はいつの間にか梅雨入りしてたんだね。
 季節の移ろいは早いよね。
 寒い冬に比べて、ずいぶん日が長くなったよ。
 今年はカラ梅雨らしく、気象庁が梅雨入り宣言したとたん雨が降らなくなっていた。
 私は移動が自転車やバスが多いので晴れていた方が有り難いのだけれど、やっぱり水問題や作物のことを考えると、雨は適度に降って欲しいと思う。

 鮮やかな青に濃い紫色の小さな花びら、白っぽい色やピンクの彩りの紫陽花《あじさい》が道のあちこちで咲いている。

 路線バスで駅に着くと私の携帯電話が鳴った。
 誰だろう?
 素早くポシェットから携帯電話を取り出す。
 あっ。トキさんからだ!

『チョコちゃん、今大丈夫?』
「はい。トキさんは?」

 トキさんは旦那さんと退院して、自宅療養していました。
 旦那さんの源太さんはすっかり体の具合が良くなった。トキさんはまだヒビが完治しておらず、夫婦二人で切り盛りしている東雲菓子店は休業中だった。
 あれからも何回か私と瑠衣は東雲夫妻のお見舞いに行って、お家にも顔を出していた。

『チョコちゃんと瑠衣ちゃんにね、ちょっとお願いがあるの』
「えっ? なんですか?」
『今からうちに来れないかしら?』
「良いですよ」

 駅から東雲菓子店は目と鼻の先だ。トキさんが私と瑠衣にお願いってなんだろう?
 瑠衣はニヤけた顔でソワソワしている。彼氏の長谷地くんからも電話があって、一緒に喫茶『MOON』に行けることになったからだ。

「こんばんはー」
「こんばんは」

 東雲菓子店の店の電気がついている。『休業中』の札はかかったままだが。

「いらっしゃーい!」
 扉から勢いよく飛び出した誰かが私に抱きついてきた。