私は広い敷地のアウトレットモールの、関係者だけが入れるバックヤードと呼ばれる場所にいた。早朝から瑠衣と短期間の仕事に来ているのだ。
 登録している派遣会社からおすすめとして連絡をもらい、バスで向かった。
 交通費が支給されると言うだけでずいぶん待遇が良く感じてしまう。派遣される会社先によってまちまちだが、大概、交通費は支払われる事はないから。

 私は大きな透明なビニール袋にベテランのパートさんが畳んだ洋服を丁寧に入れ込みテープをして作業台に重ねていく。
 ある程度、服の山になって溜まったら、次にSALEと書かれた紙袋に指示された組み合わせの服やくつ下を詰め込んだ。
 オリコンと言うらしいプラスチックの大きなケースを台車に載せて、ショップの店員さんが持って来た。紙袋に詰めた状態になった洋服をオリコンに整然と入れて完了だ。

「千代子はさ、春田のプロポーズ受けなかったんだ?」
「……受けるわけないじゃない」
「そっか。だよねえ」
「ごめん。言い方に棘があった? 瑠衣のせいじゃないんだ」
「大丈夫だよ。分かってる」

 店内のミュージックがバックヤードにも流れていて、この手の作業にはありがちな静かな雰囲気でもなかった。
 小声での軽い世間話程度なら私語も許されてるようで、殺伐《さつばつ》としてない。滅多にないほど和やかな派遣先だった。

「和気あいあいとしていて、こういう感じの方が作業がはかどるよね」
「うんうん」

 隣の二人組の声がした。
 他の派遣の子たちも働きやすさを感じているようだ。空調もちゃんとしているし、ただ一つの難点は薄暗いことかな。窓はないし、照明は思いのほか暗い。アウトレットモールの煌々《こうこう》と華々しいライトとは正反対だ。
 それぐらいはマシなことなので、我慢できる範囲ではある。

「今日の仕事は当たりだね」
「うん……」
「ねえ、相変わらずしつこい? 春田は。改心したからって言うから協力しようと思ったけど、千代子は好きな人いるんだもんね」
「うん、蓮都は勝手だよ。私は蓮都のペースにはついていけない」

 冬服の売れ残りをSALE品として、組み合わせてお得なセットとして売る。アイディアだよなと思いつつ、自分で考えただけなのに『売れ残り』に少しイヤな反応を心がした。

「千代子から誘わないの?」
「えっ?」
「マルさんだよ」

 マルさんのことは好きだ。
 なのに……今は、克己さんと貴教さんのことが心のなかに浮かぶ。

『チョコちゃんのことが好きだ』
『好きだから』

 あれから二人には「マルさんの次でいいや」「チョコちゃんのファンってことだから……」と言われた。

 貴教さん、克己さん。
 彼らの顔には揃って曖昧な笑みが浮かんでた。

『迷惑じゃなければ、妹の恋を応援する兄貴の気分でいさせて』
『チョコちゃん、いつでも俺たちは君の味方だよ』

 思いが溢れそうだった。
 嬉しさと、なぜか切なさ。
 私は自分の気持ちが分からなくなってしまっていた。
 自分なのに理解できない。知らない千代子がいるみたいで。
 迷子の千代子の心は胸のなかでうずくまって泣いている気がした。