私の家には喫茶『MOON』からゆっくり歩いても10分ぐらいで帰れる。
 さっきいた公園は『MOON』のそばに位置していて、私の住むアパートにはすぐ着くはずだ。

 いつも一人で歩いている馴染みの道なのに、貴教さんと歩くと今日は全然知らない違う道に感じた。
 景色が柔らかく目に入って来る。

 私は貴教さんに手を引かれながら彼の横顔をふと見ては少しドキドキしていた。
 貴教さんの温もりは大人の男の人の包み込むような安心感を持った。
 さっきはお父さんを思い出したりはしたけれど、こうしてずっと繋がれた手に時折ぎゅっとこもる力。胸がドキリとする。

 少し古びたアパートの外壁が見えると、貴教さんの温もりとさよならする一抹の寂しさが心に駆《か》け上《あが》って来てしまった。

「チョコちゃん」

 静かな貴教さんの声が聞こえて、私は彼に抱きしめられていた。
 なぜだかびっくりはあまりしなかった。
 ずっと握ってくれていた手から、私のなかに貴教さんの気持ちが伝わり流れ込んでいたみたい。
 抱きしめてくれる。
 自然なことに思えた。

 好きなのはマルさん。
 届きそうにもない恋心。
 貴教さんの優しさは目の前にある。
 自分の心のなかが分からなくなった。
 貴教さんは私を慰めてくれているだけ。そうも思えた。

「チョコちゃん。好きだ」

 抱きしめてくれる腕が力強くて、それでいてホッとする。

 貴教さんの胸に埋もれながら私は目を閉じた。抗うことなんて頭に浮かばなかった。
 告白が貴教さんの想いが私のなかでスウッと溶けていく。

「好きだよ。チョコちゃん」
 貴教さんからの「好き」は、じんわりとあったかくて優しかった。