私は克己さんに「騒がしくてごめんなさい」とひと言謝りながら、そそくさと喫茶『MOON』をあとにしようとした。
 ドアのノブに手をかけたところで、克己さんに呼び止められた。

「チョコちゃん」
「あっ、はい?」

 克己さんは心配そうな顔をして、私を見ている。
 蓮都は支払いを済ませたあと、さっさと外に出てしまっていた。

「やり直さないよな?」
「えっ?」
「さっきの彼、チョコちゃんには合わない気がする」

 私は克己さんの顔をまじまじと見つめてしまった。
 お客さんの声が「マスター、注文」と店内から聞こえると、克己さんは「はい、ただいま」と返事をして私とパーテーションの横を抜けていく。

 克己さんは歩みを止めて振り返ると真っ直ぐ私の目を見た。
 克己さんに視線をぶつけられて、なぜか小さく私の胸がドキリとする。

「チョコちゃん、流されないで」
 克己さんはそう言って背中を見せた。
 私は克己さんの背中が少し怒っているような気がした。克己さんに苛立ちみたいなものを感じて、私のなかでチクンとした胸の痛みが走った。

 なん、だろう。

 私と克己さんや貴教さんは、マスターとお客さんの一人の関係。

 友達みたいになってきたから?

 でも、曖昧だ。
 友達と呼べるほど親しくはないと思う。

 ただ、私は克己さんにまた心配をかけてしまっているんだ。

 私はなんだか申し訳ない気持ちになっていた。