蓮都《れんと》はニコニコしながら、がっついたりせずに優雅な所作で、次々と喫茶『MOON』の美味しい料理を平らげていく。

 私の顔を見ては蓮都は顔を綻《ほころ》ばせて、そのあと幸せそうな顔でチーズケーキを食べだした。
 こうして蓮都といるとなぜか数年も会っていなかった気がしない。

 蓮都は勝手な人だ。
 天然だからと、片付けるには重すぎる現実で私は傷ついたはずだ。

 突然、海外旅行に一人で行きだして。
 向こうで知り合った日本人と結婚してしまった。

 別れたわけでもないのに、一通の海を渡って来た手紙で結婚を知らされた私。

 それまで、いつまでも阿保《あほ》みたいに待っていた。
 純粋に蓮都を待っていた。
 毎日想いを募らせて、蓮都の帰りを待っていた。


 手紙にはこう書かれていた。 
【結婚しますが、千代子のことは好きなままです。
 でも、奥さんになる人のことも大好きです。放っておけない人です。
 千代子は強いので、一人でも大丈夫だよね。
 別れたのではなく、俺の立場を友達に戻して下さい。千代子を失いたくはありません。千代子とは仲良しでいたいです。】

 身勝手だ。
 この人は優しいくせになんも分かっていない。

 離婚して日本に戻って来て、平気な顔でニコニコと私の前にいる蓮都はすごく鈍い人なんだ。
 人の本当の気持ちに鈍い人なんだ。

「千代子。食べ終わったら、千代子の家に行っていい?」
「なっ、何言ってんの? 良いわけないでしょう?」

 蓮都は悪気がないんだ。
 まるで悪気がないんだ。
 どうして離婚したのかは分からないが、たぶんこんなところが原因なんじゃないのだろうか?
 無邪気すぎる。
 人に頼られれば助けてしまう。
 周りの人を惹きつける魅力があるから好かれるし、年上からは可愛がられる。
 当然女の子からもモテた。

 なんでか私のことを気に入って蓮都の彼女になったけれど、気まぐれだったんでしょ?


 喫茶『MOON』のマスターの克己さんが私にダージリンティーを持ってきてくれた時に、蓮都がにこやかに彼に言ってしまった。

「俺と千代子は付き合っていたんです。俺はまだ千代子が好きです」

 えっ?
 え――――っ!?

 私は赤面して、すぐに血の気が引いて青ざめた。

「やめて蓮都」

 わざわざ克己さんに言わないでよ。
 なんて事を言うんだ。

「そうですか。お二人は以前お付き合いをされていたんですね。
 ……それをなぜ、俺に言うんです?」
「千代子の友達かな? と思いましたから」

 なぜか克己さんは顔は笑っていたのに、目の奥は笑ってはいなかった。
 じっと蓮都と目を合わせたまま。

「じゃあ、すいません。帰りますんで、お会計をお願いします」
「はい、お会計ですね。かしこまりました」

 克己さんがレジの方に消えていく。
 私は焦って蓮都に訴えた。
「ちょっ、ちょっと……。私は帰らないよ?」

 蓮都はカップを持つ私の手を握ってきた。
 慌てて私はふりほどく。

「話がしたいんだ。ただそれだけだよ」

 恥ずかしい。恥ずかしいよ。
 克己さんの前で、そういうことしないでくれるかな!

 私は蓮都のわがままさにもやっぱり振り回されていた。