私と貴教さんが病室に着くと、貴教さんがドアを控えめな音でノックする。
 ――コンッ、コンッ。
「東雲さん」
「はい、どうぞ」
「あっ、トキさんだ。トキさんの声だ」

 私は感激して思わず貴教さんの両手を握ってしまった。
 貴教さんはなぜだか顔を真っ赤にしてる。
 あれ? 手を握っちゃってまずかったかな?
「?」
「……さっ、さあ。入ろうか、チョコちゃん」
「ごめんなさい。私、嬉しかったから……つい。手を握っちゃって、迷惑でしたか?」
「いや、大丈夫。迷惑と言うか……。むしろうれし……ゴニョゴニョ」

 ん――? 貴教さんが口ごもってたけど、私には貴教さんが何を言っているのかは小さな声だったので分からなかった。

 なんだか今日の貴教さんはいつもと違うな。
 いつもは落ち着いているし、大人の素敵な余裕があったりするんだけど。
 私は貴教さんの意外な一面が見れた気がした。

「失礼します」
 貴教さんは顔を真っ赤にしたまま、病室のドアを横に開いた。
「失礼します」
 私は貴教さんに続く。

 ずっとしている病院の消毒液なんかのニオイ。鼻が慣れてきたから忘れていたけど、トキさんの怪我の処置をしたばかりだからか、病室にはツンとしたニオイが充満していた。

 カーテンがひいてあり、貴教さんが声をかける。

「南雲です。チョコちゃんも一緒です」
 
 カーテンが開いて、小柄で意志の強そうな……頑固そうな感じのおじいちゃんが出て来た。
 私は倒れている姿しか見ていなかったけど、この人がトキさんの旦那さんなんだ。

「ありがとうっ! アンタたちがワシらを助けてくれたんだな?」
 トキさんの旦那さんは私と貴教さんに握手を求めた。
「いやあ、ありがとう、ありがとう」
「ああ、はい」
「大丈夫ですか? 源太さん。ベッドから出たりして」
 貴教さんはベッドから起き出している源太さんと、ちゃんとベッドで横になるトキさんを交互に見た。

「ありがとう。チョコちゃん、貴教さん」
「さっきまで、マルさんもいてくれたんですよ」
「まあっ、マルさんも?」
「マルさんって中丸さんか?」
「ええそうですよ、あなた。会社の行事でよくうちの和菓子を頼んでくれる……」
 私はトキさんと源太さんのやり取りをじっと聞いていた。
 微笑ましくて。
 二人が無事ですごく嬉しかった。

 トキさんと源太さんの優しい笑顔を見ていたら、なんだか泣けて来ちゃって。
 私は涙を流して泣いていた。

「チョコちゃん……本当にありがとう」
 私はトキさんの方に行こうとした。

 ぽんぽん。
 頭に優しい感触がする。
 右斜め上を見上げると、貴教さんの顔があった。
 貴教さんの大きいけど綺麗な手が、私の頭をポンポンしてくれてる。
 青と赤と白のトリコロール柄のハンカチをポケットから出して、私の涙を拭いてくれた。

 ――どきんっ。

 貴教さんの私を見る瞳の奥が優しく光っていた。