私はどこかでまだ重たい気持ちを引きずっているのが自分でも嫌だった。
 土曜日の朝はいつもより歩道に行き交う人々も、車の往来も少ない気がする。

(失敗しちゃったなあ)

 悔やんでも仕方のない事なのに、私は自分が選び取ってきた人生そのものが欠陥だらけな気持ちになって、涙が込み上げてきていた。

 これから喫茶「MOON」で朝ご飯を食べるんだ。
 楽しみでしょう。
 楽しみにしてたのに。
 自分の心のモヤモヤしたものが薄い膜のようになって、私を全身すっぽりと包み込んでしまった気がした。

 私は喫茶「MOON」に行きかけたのに踵《きびす》を返した。

 今日はやめとこうかな。
 泣き顔を知られたくない。
 あそこのお店では幸せな私でいたい。
 明るい楽しい気分の私でいたい。
 お店の扉はすぐそこだった。


「おはよう、チョコちゃん? どうしたの?」
 後ろから話しかけられてハッとした。
 この声を知っている。
 私は振り返りながら、慌てて手の甲で涙を拭った。

「なっなんでもないです」
 声をかけてきたのは、これから入ろうとした喫茶「MOON」の双子のイケメンマスターの弟の方の南雲克己さんだった。
 彼はランニングウェアを着てイヤホンをつけていたが、するりと耳から外して私に爽やかな笑顔で語りかけてきた。
 私をじっと見ると克己さんの表情がふと曇った。
「………チョコちゃん。そこの公園でも良かったら行こうか?」
 笑顔はなくなって心配げに私を見つめる克己さんの視線に耐えられなくて、私は首を横に振った。

「いいです」
「いいってどっち? ……嘘。ごめん」
「いいって行かないってことです。ごめんなさい」
「ごめん、分かってる。意地悪を言うつもりは無かったんだ」
 困った顔の克己さんにこれ以上心の中を突っ込まれたくなくて、私は「さよなら」と言った。

 家に帰ろうと歩き出す私の手首あたりを克己さんが掴んだ。
「そんな顔した女の子を、何も聞かずに家に帰せないなあ」
「何もないですよ」
 私は腕を掴まれたまま、どうしたら良いのか分からずに途方に暮れていた。

「何もない顔はしてないよね? チョコちゃん」
「………」
 優しい声音で克己さんが心配なんかしてくれるから、私は涙がぽろぽろ流れてしまった。
 堪《こら》えたかったのに勝手に涙ってやつは、私の両目から溢れて止まらなくなっていた。