本当は、こんな風に誰かとダンスを踊ってみたかった。
けれどそんな日は、ずっと来ないのだと思っていた。
くるりとターンを回る度に銀色の髪が舞う。しなやかな腕がリードしてくれる。
この時間が永遠に続けばいいと思った。
あの王女の気持ちが、少しわかった。ああなってしまうのも無理はない。夜会もダンスも一生好きにはなれないと分かっているけど、それでもシルヴィオとダンスを踊るのは楽しかった。
最後に彼がお手本のような美しい礼をしてその手が離れる時、無性に切なくなった。
「そこまで気にするほどではないと思うが」
「それは、殿下がお上手だからです」
記憶にある限り、リリアーナはこんなにちゃんと踊れたことなどない。
「私も特段上手いということはない。ただ人より少し踊る機会が多かっただけだ」
「そんなことは、ないのでは?」
「ある。私よりジェラルドの方が上手い」
「ジェラルド……?」
さて誰だっただろうと首を傾げたところで、
「ロジータが連れていた背の高い騎士がいただろう?」
彼のことなら覚えている。困ったような顔で笑う人。
「妹がデビュタントの時、練習相手を私がしていたんだが最終的にロジータに断られてな。あいつの方がいいと言われた」
シルヴィオが窓の向こうに目をやる。もっと遠くのもの、とても眩しいものでも眺める様に、彼はすっとその青い目を眇めた。
ロジータの煌びやかな金髪が脳裏に蘇る。
「それは多分、少し違うんじゃないでしょうか」
そして、彼女をずっと見守っていたあの穏やかな目も。
リリアーナはロジータの多くを知るわけではないけれど、それでもわかる。
「好きな人と踊るダンスは、きっと特別なものです」
自分と結びついた人と踊るダンスはきっと特別で、他と比べられるものではない。
上手いとか下手とか、そんなことは関係ないのだ。
世界にきっと、その人しかいないようなそんな心地になるだろう。
「そういうもの、かもしれないな」
そう言って、シルヴィオが珍しく眉を下げて苦笑した。
リリアーナは思わず息を呑んだ。
こんな顔をする人だとは知らなかった。これは完全無欠とは遠いところにあるものかもしれないけれど、それでも目が離せなかった。
「リリアーナ」
呼ばれた己の名前に、はっと我に返る。
「私の顔がどうかしたのか?」
長い指が頬に当てられる。ひやりとした感触が気持ちいい。
そうして気づく。この手が冷たいのではない。自分の頬が熱いのだ。
きっと真っ赤になっている。慌てて隠すように両手で顔を押さえて俯いた。
「どこか具合でも悪いのか?」
「大丈夫です!」
「この前はそう言って、全く大丈夫ではなかったがな」
眼鏡が割れた時の話をしているのだろう。このままだとシルヴィオは侍医でも呼びそうな勢いである。
けれどなんて説明をしたらいいのだろう。あなたに見惚れていましただなんて。
「今日は、本当に、大丈夫です……」
俯いたまま精一杯の主張をしたら、頭の上で彼がまた笑う気配がした。
「ならいい」
置かれた手は踊って少し乱れた髪を撫でる。まるで小さな子供にするような仕草。ロジータの髪もこんな風に撫でていたのかもしれない。彼にとってはきっと、大したことではないのだろう。
それでもしばらく、リリアーナは顔を上げられなかった。
けれどそんな日は、ずっと来ないのだと思っていた。
くるりとターンを回る度に銀色の髪が舞う。しなやかな腕がリードしてくれる。
この時間が永遠に続けばいいと思った。
あの王女の気持ちが、少しわかった。ああなってしまうのも無理はない。夜会もダンスも一生好きにはなれないと分かっているけど、それでもシルヴィオとダンスを踊るのは楽しかった。
最後に彼がお手本のような美しい礼をしてその手が離れる時、無性に切なくなった。
「そこまで気にするほどではないと思うが」
「それは、殿下がお上手だからです」
記憶にある限り、リリアーナはこんなにちゃんと踊れたことなどない。
「私も特段上手いということはない。ただ人より少し踊る機会が多かっただけだ」
「そんなことは、ないのでは?」
「ある。私よりジェラルドの方が上手い」
「ジェラルド……?」
さて誰だっただろうと首を傾げたところで、
「ロジータが連れていた背の高い騎士がいただろう?」
彼のことなら覚えている。困ったような顔で笑う人。
「妹がデビュタントの時、練習相手を私がしていたんだが最終的にロジータに断られてな。あいつの方がいいと言われた」
シルヴィオが窓の向こうに目をやる。もっと遠くのもの、とても眩しいものでも眺める様に、彼はすっとその青い目を眇めた。
ロジータの煌びやかな金髪が脳裏に蘇る。
「それは多分、少し違うんじゃないでしょうか」
そして、彼女をずっと見守っていたあの穏やかな目も。
リリアーナはロジータの多くを知るわけではないけれど、それでもわかる。
「好きな人と踊るダンスは、きっと特別なものです」
自分と結びついた人と踊るダンスはきっと特別で、他と比べられるものではない。
上手いとか下手とか、そんなことは関係ないのだ。
世界にきっと、その人しかいないようなそんな心地になるだろう。
「そういうもの、かもしれないな」
そう言って、シルヴィオが珍しく眉を下げて苦笑した。
リリアーナは思わず息を呑んだ。
こんな顔をする人だとは知らなかった。これは完全無欠とは遠いところにあるものかもしれないけれど、それでも目が離せなかった。
「リリアーナ」
呼ばれた己の名前に、はっと我に返る。
「私の顔がどうかしたのか?」
長い指が頬に当てられる。ひやりとした感触が気持ちいい。
そうして気づく。この手が冷たいのではない。自分の頬が熱いのだ。
きっと真っ赤になっている。慌てて隠すように両手で顔を押さえて俯いた。
「どこか具合でも悪いのか?」
「大丈夫です!」
「この前はそう言って、全く大丈夫ではなかったがな」
眼鏡が割れた時の話をしているのだろう。このままだとシルヴィオは侍医でも呼びそうな勢いである。
けれどなんて説明をしたらいいのだろう。あなたに見惚れていましただなんて。
「今日は、本当に、大丈夫です……」
俯いたまま精一杯の主張をしたら、頭の上で彼がまた笑う気配がした。
「ならいい」
置かれた手は踊って少し乱れた髪を撫でる。まるで小さな子供にするような仕草。ロジータの髪もこんな風に撫でていたのかもしれない。彼にとってはきっと、大したことではないのだろう。
それでもしばらく、リリアーナは顔を上げられなかった。